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『終わらざる夏 下』 浅田次郎

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 『終わらざる夏 下』読み終わりました。

yama-mikasa.hatenablog.com

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1945年8月15日、玉音放送。国民はそれぞれの思いを抱えながら、日本の無条件降伏を知る。国境の島・占守島では、通訳要員である片岡らが、終戦交渉にやって来るだろう米軍の軍使を待ち受けていた。だが、島に残された日本軍が目にしたのは、中立条約を破棄して上陸してくるソ連軍の姿だった。-美しい北の孤島で、再び始まった「戦争」の真実とは。戦争文学の新たな金字塔、堂々の完結。

 占守島が、このような悲劇の島だとは知りませんでした。アッツ島サイパン島、硫黄島、沖縄とも違う悲劇の島です。

 千島列島先端に位置するこの島に、終戦から三日たった8月18日、ソ連軍が攻め込んできます。止めて止まらぬ戦争と、終わってから仕掛けてくる戦争では、全くその意味が違います。ソ連は領土的野心から、日本が無条件降伏をしたことを承知の上で占守島に侵攻してきました。なんてこと。

 傷ひとつなく残っていた占守島の日本軍の精鋭。ソ連は負けることがわかっていて自らの兵隊を何千もこの島に投入し、多くの兵を死なせます。たくさんの犠牲者を出した、だからソ連にも発言権があるのだ、と言いたいわけです。ソ連兵にとっても辛いものでした。彼らだって、ドイツとの戦争がやっと終わったのに、今度は日本とです。どうして日本と戦わなくてはならないの?その疑念をもつソ連兵も多くいたとのこと。日本軍は局地的には勝利するものの、その軍人の多くはシベリアに抑留されることになります。

 以下、菊池軍医のセリフを引用します。菊池さんは、シベリア抑留でこの戦争をこのようにふりかえっています。

 敗戦ののちに始まった戦争は、ソ連軍に多大の犠牲を強いた。皮肉なことには、実に圧倒的な勝ち戦であったという。その結果、千島列島の武力占領というソ連の企図は挫折した。日本の領土は確保されたと思う。

 戦闘が終わり、占守島の日本軍が武装解除をおえたのは、八月二十四日であった。圧勝しながらの降伏だった。

 日本軍はおおむね千人を単位とする作業隊に再編され、九月中旬からソ連に領内へと移送された。降伏すれば捕虜となる、という理屈はわからぬでもないが、これほど長きにわたって強制労働に従軍させる権利が、戦勝国にあるとは思えなかった。飢えと寒さの中で、その捕虜がばたばたと死んでいくこの有様が、国際法の禁じている虐待でなかろうはずがない。ましてや終戦間際の八月八日に、不可侵条約を一方的に破棄して宣戦布告をした国の、正当な権利であるとは思えない。

 帰国してヘンリーミラーを翻訳することが夢だった、翻訳家の片岡直哉二等兵

 岩手に戻り国の宝である国民の脈を取ることが夢だった、天才医師の菊池忠彦軍医。

 歴戦の軍曹、その見た目と違い母思いの富永熊男軍曹。

 疎開先をとび出し東京に徒歩で向かった片岡直哉さんの息子、譲君。

 戦争が終わったのに攻めてくるソ連兵。どうなる、どうする日本。

 下巻ですべてが終わります。

 

 最後です。東京を目指して歩いていた譲君と静代ちゃんについてふれます。

 とうとう歩き疲れて止まっていた列車に飛び乗り、トイレに立てこもります。中から鍵をかけ、東京までこのまま立てこもろうとする二人。そこにトイレの扉を叩く音がします。「開けろ開けろ」と声がします。「おい、がきじゃねえか。おっちゃん小便漏れそうだ。頼むよ」と怖い声がします。

 怖いおじさんに、泣きながら事情を説明し「お願いだから車掌さんに言わないで」「お願いです。後生一生のお願いです。見逃してください」と頼みます。この二人におじさんは、こう言います。

もうわかったから、何も言うな。つらいことはよ、口にすりゃあするほどつらくなるもんだ。何一つ悪いことをしちゃあいねえおまえらが、悪い大人に頭なんか下げちゃならねえ。いいな、金輪際お願いなんぞするな。東京の家にたどり着くまで、おっちゃんがおめえらのてて親だ。いいなわかったな。

 そこに、車掌が出てきます。男は召集令状を持っているので金がなくてもよいのですが、二人の子どもは完全な無賃乗車です。つめよる車掌にこう言います。

 切符を買おうにも、駅員はてめえの仕事なんざうっちゃらかしじゃねえか。それとも何かてめえ、戦が終わって生き延びたのァ、めでてえ話にちげえあるめえ。だったらおめえ、祝儀のつもりで四の五の言わず、さっさと切符をきりやがれ。銭はこれがあるったけだ。足んねえなら、足りるところから乗ったでよかろう。なあみなさん。残念無念は金輪際、言いっこなしにしようじゃねえか。どなたさんも、命を的にがんばったんだ。明日からは笑ってもうひと踏ん張りしようぜ。そしたら、みなさん、お手を拝借。いよォッ!

 譲君と静代ちゃんは安心します。泣きそうです。でも、静代ちゃんの胸には寂しさがつのります。譲君は東京でお母さんに会える、でも、わたしのお母さんは死んでしまった。その寂しさを口には出さず、このおじさんの手をずっと握りしめます。

 そして、譲君のお母さんと再開のシーン。静代ちゃん視点で描かれます。

 譲の母は微笑みを満面にたたえながら、いくらか腰が引けてしまったようによろよろと近寄ってきた。

 お母さん。

 でも、譲ちゃんのお母さん。

 目をそむけたかったが、静代の視線は釘付けになってしまった。お母さんが来た。きれいな顔をくしゃくしゃにして、まずおじさんに深々とおじぎをしたまま、しばらく動かなかった。おじさんは何も言わずに、譲の腕を掴んだままだった。裸の二の腕を目がしらにあてて、譲が泣き出した。

 そのときおじさんが、耳を疑うようなことを言ったのだ。

「倅は大丈夫だ。こっちの娘を何とかしてやってくれ」

 静代はおじさんのほんとうのやさしさを知った。この長い行軍でぼろぼろになっていたのは、小さな譲ではなく、静代の方であることをおじさんは知っていた。

 譲の手を取るより先に、母は静代を力いっぱい抱きしめてくれた。柔らかな母の胸に、顔をうずめて、静代は初めて声を限りに泣いた。

 終わってしまいました。わたしはとても寂しいです。