読書生活 

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朝や夜明けの表現。小説で使われている朝や夜明けの表現を集めました。

実際に小説で使われている朝や夜明けの表現を集めました。随時更新しています。

浅田次郎 

寒い朝である。枯田には真白な霜が降りていた。『椿』 

宇山佳佑

太陽が空高く昇ろうとしている。この世界に、僕たちに、新しい朝の息吹を与えてくれる。でも、太陽を見ると否応なく思ってしまう。また、新しい一日がはじまってしまったと。『この恋は世界でいちばん美しい雨』

大岡昇平 

明るさは急速に増しつつあった。林に行き着き振り返ると、空は既に茜から青に移り、遥かに雲に閉ざされた中央山脈の主峰の前に、端山が緑を現し始めていた。林の中で不意に下草が日光に照らし出された。露が輝いた。名も知れぬ鳥がけたたましく鳴き、梢に音が起った。『野火』

梶井基次郎

 ジュ、ジュクと雀の啼声が樋にしていた。喬は朝靄のなかに明けていく水みずしい外面を、半分目覚めた頭に描いていた。頭を挙げると朝の空気のなかに光の薄れた電燈が、眠っている女の顔を照らしていた。花売りの声が戸口に聞こえた時も彼は目を覚ました。新鮮な声、と思った。榊の葉やいろいろの花にこぼれている朝陽の色が、見えるように思われた。やがて、家々の戸が勢いよく開いて、学校へ行く子供の声が路に聞こえ始めた。『ある心の風景』

司馬遼太郎 

やがてうまれたばかりの太陽が、遠く生駒・金剛連峰から射し初めてきたとき、海面は濃い紺色に染まり、次いで、金色の濃彩(だみ)を散り敷かせた。『菜の花の沖』

島崎藤村 

4人は早く発った。朝じめりのした街道の土を踏んで、深い霧の中を辿って行った時は、遠近(おちこち)に鶏の鳴き交わす声も聞こえる。その日は春先のように温暖で、路傍の枯草も蘇生(いきかえ)るかと思われる程。灰色の水蒸気は低く集まってきて、僅かに離れた杜の梢も遠く深くけぶるように見える。次第に道は明るくなって、ところどころに青空も望まれるようになった。白い光を帯びながら、頭の上を急いだは、朝雲の上。行先にあたる村落も形を顕して、草葺の屋根からは煙の立ち上がる光景も見えた。『破戒』

太宰治 

朝はなんだかしらじらしい。悲しいことが、たくさんたくさん胸に浮かんで、やりきれない。いやだ、いやだ。朝の私は一ばん醜い。両方の脚が、くたくたに疲れて、そうして、もう何もしたくない。熟睡していないせいかしら。朝は健康だなんて、あれは嘘。朝は灰色。いつもいつも同じ。一ばん虚無だ。朝の寝床の中で、私はいつも厭世的だ。いやになる。いろいろ醜い後悔ばっかり、いちどに、どっとかたまって胸をふさぎ、身悶えしちゃう。朝は意地悪。『女生徒』

梨木香歩

窓を開けて外の空気を入れる。山の草木の夜間に籠もった息が里に流れてくる。明け方特有の、冴え冴えとした空気だ。『冬虫夏草』 

この辺りの朝は肌寒い。あちこちから朝餉の煙が立っており、そこへ朝陽が差して雄鶏がどこかで時をつくっている。『冬虫夏草』

能登川の駅舎を出ると、すでにしらじらと明るくなった空が軽やかな風を吹き流し、潮周り、広々とした平野部の空気から朝の湿り気を払わんとしていた。『冬虫夏草』

藤沢周平 

夜は明けたばかりで、黒い野にも、野を横切る道にも、まだ人の姿は見えなかった。朝の日射しが這う野のはるか東に、炊飯の煙をたなびかせている村が見えるばかりである。『密謀(上)』

暗い楼梯を下りて、北向の廊下のところへ出ると、朝の光が美しく射してきた。溶けかかる霜と一緒に、日にあたる裏庭の木葉は多く枝を離れた。就中(わけても)、脆いのは銀杏で、梢には最早一葉の黄もとどめない。『密謀(上)』

夜明けを示してわずかに白い空に、また星がまたたいていた。『密謀(上)』

町田その子

夜勤が終わるまであと少し、という時間が好きだ。建物の隙間からやさしくも力強い朝日が姿を見せ、空が赤紫色に染まる。店内からその景色を眺めていると、新しい一日の狭間にいるのだなあろ思う。『コンビニ兄弟』

三島由紀夫

ためらいがちに射してきた曙は、はじめは橙いろに朱をくすませた枯れた押花の色であったのが、すでに朱の一色になると共に、金星と水星の光を呑んだ。『美しい星』

五時半になると、一雄の腕時計は、夜光塗料の助けを借りずに、文字盤の刻みも鮮明に読まれた。東の横雲は葡萄いろになり、空はほの白く、南西の山々の稜線はくっきりし、オリオンの三つ星が薄く残っていた。『美しい星』

「おはようございます」と呼びかけながら、撮影所の外れの森の上に、まだ不透明に、眠りからさめ切っていない朝の横雲が棚引いているのを見た。『スタア』

森鴎外 

青い美しい苔が井桁の外を掩(おお)うている。夏の朝である。泉をめぐる木々の梢には、今まで立ち込めていた靄が、まだちぎれちぎれになって残っている。漂う白雲の間を漏れて、木々の梢を今一度漏れて、朝日の光が荒い縞のように泉の畔に差す。『杯』

秋が近くなって、薄靄の掛かっている松林の中の、清い砂を踏んで、主人はそこらを一廻りして来て、八十八という老僕の拵(こしら)えた朝餉(あさげ)をしまって、今自分の居間に据わったところである。あたりはひっそりとしていて、人の物を言う声も、犬の鳴く声も聞こえない。只朝凪の裏の静かな、鈍い、重くろしい波の音が、天地の脈搏(みゃくはく)のように聞こえているばかりである。丁度径(わたり)一尺位に見える橙黄色の日輪が、真向かいの水と空と接した処から出た。水平線を基線にして見ているので、日はずんずん升(のぼ)って行くように感ぜられる。『妄想』

山崎豊子

早朝の大峰山脈は、切り立つような重なり合った山間から乳色の朝靄が湧き出、杉の巨木に覆われた山頂から朝の陽が洩れて、迫り来るような森閑とした静けさが全山を深く押し包んでいる。『白い巨塔』

吉村昭 

夜が明け、雪におおわれた裏山の背後に朝陽ののぼる気配がひろがった。『破船』 

沖合が青ずみはじめ、それが頭上の空を染めると夜明けの気配がひろがってきた。『ハタハタ』

まだあたりはほの暗く、星の散る空に夜明けの色がわずかに漂いはじめている。かれは、かすかに眼を開けると軒端の星の光を見上げた。なんとなき夜空に、夜明けに近い青味をおびた色がひろがりはじめているように思えた。『蘭鋳』

野鳥のさえずりが増して、朝の陽光が樹林の梢にあたりだした。『羆』

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