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映画『関ヶ原』 原作司馬遼太郎 今から見に行ってきます! 

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 楽しみです。わくわくが止まらないぞ。見どころは、

島左近、直江兼続、大谷吉継の三人の勇猛果敢ぶり

です。大谷吉継が裏切った小早川に立ち向かうシーンや、死に狂いの島左近隊の暴れっぷりが見たいです。陰謀や手回し、そういうのより、スカッとしたいんですよね。今晩、感想を書いて明日更新します。 

yama-mikasa.hatenablog.com

 これだけだと、記事にならないので付け足しです。小早川の不倫疑惑です。

 不倫に与するのは好みにあらぬ  

 不倫とは、「パートナーがいるにもかかわらず、別の異性と関係をもつこと」と思われていますが、もとの意味は違います。もとの意味は

人の道に背くこと 

だそうです。小学館新選国語辞典より。「パートナーがいるにもかかわらず、別の異性と関係をもつ」それ以外で、不倫という言葉を使ったことがありません。悪事を働いている人を見たとき、「それは不倫だ」と言いませんよね。また、そういう意味で不倫という言葉を使っている文章を、本でも新聞でも雑誌でも見たことがありませんでした。

 しかし、とうとう見つけました。この『関ヶ原』です。何度も読んだのに気づきませんでした。

 関ヶ原の戦いでは、みなさんご存知のように小早川秀秋は西軍を裏切ります。この裏切りを部下が「不倫」だと罵しるのです。もちろん、ここでいう「不倫」とは、「人の道に背くこと」という意味です。

 小早川秀秋は、秀吉に実子秀頼が生まれるまで秀吉の養子だったこともあり、豊臣家では相当重んじられていました。ところが、小早川は小田原攻めの頃から、次の天下は家康であると確信し、自分から家康に内通を申し出る使者を何度も出しています。そして、東軍につけば二国をもらうという約束を家康から取り付けます。

 戦いの直前、「小早川が西軍を裏切る」という噂を聞いた石田三成は、小早川のところに自ら出向き、勝利のあかつきには「関白」にすると約束し、裏切らないように念を押しました。

 小早川秀秋は「関白の身分にも惹かれるが、東軍の勝ちは揺るがない」と裏切る気満々で関ヶ原の戦いに臨みます。ところが、意外にも善戦する西軍を見て悩み始めます。西軍が勝てば自分は「関白」ですからね。なかなか踏ん切りがつきません。

どちらにつくか悩む小早川 

 この小早川の日和見っぷりがこちら(少し略して)。

「石見(側近です)、どちらが勝っている」

「むろん、御味方の勝ちでございます」

秀秋は「味方」という言葉にとまどった。自分の味方が東軍なのか西軍なのか、一瞬混乱したのである。

「味方とは、いずれぞ」

と、念を入れた。

「殿、いまさらなにをおおせある。御味方とは内府(家康です)の御軍勢でござる」

「たしかに勝っているのか。どのように勝っている」

「霧で下の様子がよく見えませぬ」

「石見、治部少(三成のことです)につこうか。内府(繰り返しますが家康です)を裏切るか」

「お慌てなさることはござらぬ。今少し両軍の旗色を見た上で決めてもよろしかろう」 

「味方とはいずれぞ」って。こんな感じです。原作ではすごくヘタレに書かれています。

 一方、予想外の苦戦に焦る家康。小早川がちっとも動かない。あの小僧、まさか西軍につくつもりか(怒)。有名な話ですが、怒った家康は小早川が陣取る方面の空に向けて凄い量の鉄砲を放ちます。恫喝の合図です。「早くしろ、お前許さんぞ」と。 

 これに驚いた小早川。家康様がお怒りだ、と、裏切りを決意します。

西軍を裏切る小早川 

 裏切りを決断したシーンがこれ。

「内府(家康)が怒っている。石見(側近です)、早くせぬか」

「裏切りでござるか」

「知れたこと」

石見は使番を集め、諸隊長へ伝うべき命令を記憶させた。

「仔細あって、裏切る。今から一斉に山を降りる。敵は大谷刑部(大谷吉継です)である。大谷が背後、側面を衝け」

使番に、命令の批判は許されない。かれらは四方に散った。

戦国時代の武将の価値観 

 当時の価値観でいうと、大将のやることはどちらが勝つかを見定めてそちら側につくことでした。負けたら家がつぶされますから。この関ヶ原でも同じです。関ヶ原の戦いは戦力がどっこいどっこいで判断が難しく、小早川だけでなく多くの武将が悩みながらこの場に来て、しばらく動かず見ていたと言います。家康側の東軍にもそういった武将は多かったとのことです。勝敗関係なく西軍側で必死に戦ったのは、大谷吉継、島左近、直江兼続(彼は関ケ原には参加していませんが)の3人が率いる隊だけだったと言います。

たくさんの武将が裏切ったのに、どうして小早川だけが注目されるの? 

 では、どうしてこんなに小早川だけが注目されるのか。それは、彼が秀吉の元養子で豊臣家ではそうとう偉かったこと、15000という途方もない大軍を率いていたこと、この2つが挙げられます。

小早川家の武功者 松野主馬重元 

 もうすぐ、不倫にたどり着きます。裏切りの伝令を受けた諸隊長の一人に、松野主馬重元(まつやしゅめしげもと)という武巧者がいました。一万石を領し、「小早川の槍鬼」といわれた猛者です。秀吉にお目見えの資格がないにもかかわらず、秀吉自身がその禁をやぶり、武功話を求め、ご馳走し、小早川の家来ながら豊臣家の姓を与えたほどです。身の震えあがるような感激で、この恩を忘れず、今も秀頼のために命を捨てる覚悟で戦っていました。

 そこに、「裏切れ」という命令を持った使番が登場します。

 その様子がこれ。

「今一度、言え」

主馬は、首をひねった。信じかねている様子だった。しかし使番の言葉が嘘でないことはすぐにわかった。あらゆる場所で小早川の諸隊がにわかに西軍に向いたのである。

「なんということだ」

松野主馬は使番に怒鳴りつけた。

「殿は豊臣家を滅亡させるつもりか。この一戦に西軍滅亡せば秀頼様の身がどうなるかが殿にはおわかりにならぬか」

「主馬殿はどうなさるおつもりでござる」

「知れたこと。秀頼様に弓は引けぬ。こうとなれば殿は殿、この主馬は主馬。いま山を駆け下り、眼下に群がる関東方に斬って入って討ち死にする」

「冗談ではござらぬ」

と使番は言った。

「裏切りは士たものの悪徳なるはたしかなれども、将たる者の裏切りは裏切りにあらず、武略でござる。武略である以上、善悪をもってはかるべきではない」

そう言って駆け去った。

「使番は中納言様(小早川)の裏切りは武略だと言ったがそうではない」

やはり不倫だ、と思った。不倫に与するのはなんとも好みにあわぬ。

「見限ろう」

 主馬隊は動かないことに決めました。ただ、動かないではなく、「大谷軍の前で」動かなかったのです。その後どうなったかは書いてありません。小早川軍15000人の中で、小早川の伝令に従わなかったのはこの主馬が率いる一隊だけだったと言います。

 この記事ダメですね。付け足しなのに長いし押しつけがましい。でも、カットしたくないのでこのまま公開します。

 今から、『関ケ原』見てきます! 

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