読書生活 think it over

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夏を表現する5つの方法

 夏が来ました。熱中症対策でポカリスエットをよく飲んでいます。

 ある時期、読書の際何でもメモする癖がありました。最初は心にひびいた言葉をメモしていたのですが、心情表現や季節や天気の描写など少しずつそのメモの範囲が増えていき、最後の方は、メモしているのか読書をしているのか分からないほどになってしまいました。

 その恥ずかしいメモノートから、「夏」の表現を集めてみました。「暑い」と書かず(書いているかもしれません)に夏を表現する方法です。

1 とにかくがんがん蝉を鳴かせる 

夏草が生い茂るままに立ち枯れるほどの暑さが続いていた。借家を囲む梨畑の油蝉が疎ましい。主人の怠情を嘲笑うように夜明けとともに鳴き始め、陽が暮れてからも地熱の冷めぬうちは夜半まで鳴き続ける。

 『家守綺譚』です。梨木香歩さんは情景描写の神ですね。蝉、がんがん鳴きまくっています。しかも、ただ鳴かせているだけではありません。「疎ましい」「地熱の冷めぬうちは」など、うまいこと書くなあ。

 ちなみに蝉にもいくつか種類があります。上の例は油蝉ですが、

盛夏の頃であったので、なけなしの財布をはたいてスイカを買い、それをぶら下げて、ミンミンゼミが降るように鳴く緑陰の道を通り、挨拶に行った。

 というのもあります。これは、ミンミンゼミです。これも『家守綺譚』梨木香歩さんです。ミンミンゼミは「ミーンミーン」と鳴きますが、油蝉は「ジージー」と鳴きます。梨木さんは、油蝉とミンミンゼミをどのように使い分けているのでしょう。

 蝉をあえて鳴かせない、というのもありです。これまた『家守綺譚』です。 

陽が傾きだしても、暑さが和らぐ気配はない。昼間、太陽を浴びた木々の葉が体温を発散しているからだろうか、開け放した窓から入ってくるのは、風ではなく、熱気ばかりだ。中庭で一番高い青桐の幹の葉陰には、幾匹もの蝉が羽を休めているのが見える。

yama-mikasa.hatenablog.com 

 同じ作家さんなのに様々な表現を同じ作品で使います。あっぱれです。

 ほかの方の「蝉」表現も見てみましょう。『さよなら渓谷』吉田修一さんです。

真夏の早朝、すでに気温は上がっている。周囲の林の蝉が、また暑くなるだろう一日を、憂えるように鳴く

 梨木さんの蝉は「疎ましく」鳴きますが、吉田さんの蝉は「憂えるように」鳴きます。

 次の蝉は、浅田次郎さん『終わらざる夏』。

油蝉の声がむしろ静寂を際立たせる学び舎を見渡して、久子は立ち上がった。

  これは、夏を表すと同時に静寂を際だたせるための効果ってやつですね。

2 雲を効果的に使う

 出典は『終わらざる夏』浅田次郎さんです。

夏雲が湧いて陽を遮り、斑な道は灰色に変わった。

 雲をなくすのも手です。『永遠の0』百田尚樹さんです。

 空にはひとかけらの雲も見えず、緑はまぶしく、地面には木漏れ日が揺れている。

 太陽は頭の真上にある。雲一つない。七月に入ったばかりだというのに、日差しはきつく、虫の声がやかましかった。

  次は、『竜馬がゆく司馬遼太郎です(なぜか、司馬遼太郎は「さん」とつけるとしっくりきません)。

城の背後に、眼に痛いほどの白い雲がわき上がっているのが、絵よりも美しかった。 

 『永遠の0』映画見ました。雲が真っ白できれいだったなあ。今の季節、日中晴れた日に空を見上げてください。白い雲がわき上がっています。絵よりも美しいです。 

3 「ねっとり」「まとわりつく」などで、高い湿度を表現する 

   日本の夏の湿度は高い!「ねっとり」「ねっとり」。

大声で笑いだしたいのを我慢して梨花は歩いた。肌にまとわりつくような夜気すら、心地よかった。

 『紙の月』角田光代さんです。これもです。

会社をでた梨花を、ねっとりとした夜気が包み込んだ。

 角田さん「夜気」をよく使います。作家さんによって癖があります。『紙の月』、スリルあふれるエンタメ?小説でした。夫のいる女性が、大学生に夢中になってしまう話です。彼をつなぎとめておくために、勤めていた金融機関からお金を横領する、それがばれてしまう、もうだめだ‥という手に汗握る本でした。あれは、奥さんが悪いんじゃない、夫が悪いんです。

室内では扇風機だけがまわり、ねっとりとした空気を搔きまわしている。

 『さよなら渓谷』吉田修一さんです。「掻き回している」というところがお気に入りです。 

4 強烈な陽射し

 夏と言えば、ぎらぎらした日射しです。さっきから何度も登場している『さよなら渓谷』から。

強い陽射しが、まるで重さを持っているように肩にのしかかってくる

5 色を使おう 

 色も効果的に使えます。例えば、

6時過ぎだというのに、日は長く、空はまだ淡い藍色だ

 や、

夏の日差しが諫早文化会館白い壁をかがやかせている。

 です。『くちびるに歌を』中田永一さんです。

 次は、『博士の愛した数式小川洋子さんです。

日が暮れてしまうには間があるはずだったが、いつの間にか雲が厚みを増し、中庭は夕闇と西日が入り混じって、薄紫色のセロファンに包まれたようだった。

 薄紫色のセロファンかあ。どうしたらそういう言葉が思いつくのだろう。

 次は、『竜馬がゆく司馬遼太郎です。

右手に遠州灘の紺碧が広がっている。左手には、三河遠江駿河の山々が、天のすそを濃淡の青で染めわけて重なっていた

 次も、『竜馬がゆく』です。

富士はふしぎな色をしていた。峰の雪が夕方の光をあびて真っ赤に染まっているくせに、すそは風にも堪えぬほどに軽い藍色の紗を引いているようであった。

 司馬作品には情景描写が多く、特に、色がこれでもか!と出てきます。この富士のシーンは、竜馬が江戸に向かう際生まれて初めて富士を見て感動する場面です。さらっと読んでしまうのですが、富士山がこれからの竜馬の活躍ぶりをほうふつとさせる壮大な描かれ方をしています。

 次も司馬作品。『峠(上)』です。

継之助が箱根の嶮をこえた日は、空がまっさおに蒼かった。肩に革製の小さな文庫をかついでいる。その革に背の汗がしみとおるほど暑い。富士の嶺雪が、蒼天にきらめいていた。

 同じ富士を見ても、まったく違う表現です。きっと、夏はこういう表現、というような引き出し仕事ではないのでしょう。竜馬や河井継之助に本当になった気分で富士を描かないと、こういう書きぶりにはなりません。わたし、『峠』大好きです。今、また読んでます。二年に一回は読んでます。好きで好きで。また記事にします。 

 

 その他です。汗をかかせるのも手です。これまた、『さよなら渓谷』です。

拭っても拭っても顎の先から滴り落ちる汗をそのままに、バスを見つめていた。真上から太陽が照り付けていた。背中に汗染みを作った何人もの男たちが、成り行きを見守っている。

 1~5を組み合わせてももちろん効果的!『一瞬の風になれ』佐藤多佳子さんです。

お気に入りのグレーのタンクもメッシュのハーフパンツも、もう汗でびしょびしょだ。熱い風が吹き付けてくる。草が焼けるような匂いがする。頭がじんじんするほど蝉が鳴いている。

 『八日目の蝉』角田光代さんです。

夏だ。唐突に思う。蝉。海。空。陽射し。陽に焼けた若い人たち。生い茂る木々。力に満ちた光景だった。

 てんこもりです。

 

 これを書いている部屋から外を見ると、空は灰色で風が全くありません。天気が悪くなるのでしょうか。

 それから二時間後、一気に来た!土砂降りです。そして、すぐに止みました。

 へたっぴが夏のゲリラ雷雨を書くと上記のようになりますが、作家さんが書くとこうなります。『風が強く吹いている』三浦しをんさん。

だが、雷鳴と雨足はどんどん激しくなった。稲光が夜空の低いところを横に切り裂く。大きな雨粒にひっきりなしに打たれ、皮膚が痛くなってきた。滝のような雨音以外はなにも聞こえず、地面に叩きつけられる水しぶきで、あたりは白く煙って見える。山の天気は変わりやすいものだが、ここまでの豪雨に遭うのははじめてだった。

 そうそう、わたしもこう言いたかったんです。参りました。それにしても、この本、さわやかでいいなあ。 

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 こんな表現もメモってました。 

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