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夏の表現

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いろいろなところから、夏の表現を集めました。随時更新しています。

暑さ 

峠の頂上は、椚林になっており、青葉に午後の陽が映えて、歩いてゆく源蔵の肌があおあおと染まるようであった。『関ケ原 上 司馬遼太郎』 

八月の午後、橋の下の日陰とはいえメチャ暑い。『一瞬の風になれ 2 佐藤多佳子』 

ハーフパンツも、もう汗でびしょびしょだ。熱い風が吹き付けてくる。草が焼けるような匂いがする。頭がじんじんするほど蝉が鳴いている。『一瞬の風になれ 2 佐藤多佳子』

日が傾きだしても、暑さが和らぐ気配はない。『博士の愛した数式』小川洋子

真夏の日差しが照りつけ、めまいがしそうなほど暑かった。『博士の愛した数式』小川洋子

夏草が生い茂るままに立ち枯れるほどの暑さが続いていた。『家守綺譚』梨木香歩

窓は網戸にしてあった。しかし、風は死に、暑さは夜になっても衰えていなかった。『六月の花嫁』北村薫

我々は暑い日に射られながら、苦しい思いをして、上総の其所一里に騙されながら、うんうん歩きました。そうして暑くなると、海に入って行こうと云って、何処でも構わず潮へ漬かりました。その後を又強い日で照りつけられるのですから、身体が倦怠くてぐだぐだになりました。『こころ』夏目漱石

松の影が草原を這って、長く東にのび、草の上の武将たちはいるの間にか、射して来る日の光のただ中にいたが、草いきれをともなう暑さはおさまっていた。『密謀(下)』藤沢周平

蝉 

借家を囲む梨畑の油蝉が疎ましい。主人の怠情を嘲笑うように夜明けとともに鳴き始め、陽が暮れてからも地熱の冷めぬうちは夜半まで鳴き続ける。『家守綺譚』梨木香歩

盛夏の頃であったので、なけなしの財布をはたいてスイカを買い、それをぶら下げて、ミンミンゼミが降るように鳴く緑陰の道を通り、挨拶に行った。『家守綺譚』梨木香歩 

中庭で一番高い青桐の幹の葉陰には、幾匹もの蝉が羽を休めているのが見える。『家守綺譚 梨木香歩』

真夏の早朝、すでに気温は上がっている。周囲の林の蝉が、また暑くなるだろう一日を、憂えるように鳴く。『さよなら渓谷』吉田修一 

油蝉の声がむしろ静寂を際立たせる学び舎を見渡して、久子は立ち上がった。『終わらざる夏 上』浅田次郎

木立のところどころで、じいじいという声がする。蝉が声を試みるのである。白い雲が散ってしまって、日盛りになったら、山をゆする声になるのであろう。『杯』森鴎外

一本一本の榛(はん)の木から、起きる蝉の声に、空気の全体が微かにふるえているようである。『カズイスチカ』森鴎外

頭がじんじんするほど蝉が鳴いている。『一瞬の風になれ 2 佐藤多佳子』

中庭で一番高い青桐の幹の葉陰には、幾匹もの蝉が羽を休めているのが見える。『博士の愛した数式』小川洋子

物音のたえた石畳には躑躅の低い硬質の影が映り、蜂の羽音だけが、眠っている午後の時の寝息のように聞こえている。『翼』三島由紀夫

その時ブンという音がして、開いていた窓から何かが、矢のような勢いで侵入してきた。それは襖や障子、額縁から蛍光灯にまで狂ったような線を描いてぶつかりながら飛び回った。輝く光の輪に当たった時には蛍光灯は揺れ、薄墨色の埃や古い蜘蛛の巣の糸が、私の上に怪しいほどゆっくりと舞い降りてきた。恐慌状態に陥った私は、タオルケットで身を覆いながら、座ったまま後ずさりして逃げた。襖のところまで来たとき、それはちょうど私の顔の横にドンとぶつかった。私は声を上げ、身を固くした。それは、もう一回飛んで柱にとまり、それから凄まじい声で鳴き出した。大きな油蝉だった。異様だった。『夜の蝉』北村薫

私はその時また蝉の声を聞いた。その声はこの間聞いたのと違って、つくつく法師の声であった。私は夏郷里に帰って、煮え着くような蝉の声の中に凝と座っていると、変に悲しい心持になることがしばしばあった。私の哀愁はいつもこの虫の烈しい音と共に、心の底に沁み込むように感ぜられた。私の哀愁はこの夏帰省した以後次第に情緒を変えてきた。油蝉の声がつくつく法師の声に変わる如くに、私を取り巻く人の運命が、大きな輪廻のうちに、そろそろ動いているように思われた。『こころ』夏目漱石

雲 

夏雲が湧いて陽を遮り、斑な道は灰色に変わった。『終わらざる夏 上』浅田次郎

空にはひとかけらの雲も見えず、緑はまぶしく、地面には木漏れ日が揺れている。『永遠の0』百田尚樹

太陽は頭の真上にある。雲一つない。『永遠の0』百田尚樹

城の背後に、眼に痛いほどの白い雲がわき上がっているのが、絵よりも美しかった。『竜馬がゆく 一』司馬遼太郎 

真っ白い入道雲が南の空に高く見えた。『塩狩峠』三浦綾子

空にはひとかけらの雲も見えず、緑はまぶしく、地面には木漏れ日が揺れている。『博士の愛した数式』小川洋子

積乱雲が夥しく湧いて、そのいかめしい静けさは限りなく、あたりのざわめきも波の響きも、雲の輝く荘厳な沈黙の中に吸い取られてしまうように思われる。『真夏の死』三島由紀夫

沖には今日も夥しい夏雲がある。雲は雲の上に累積している。これほどの重い光に満ちた荘厳な質量が、空中に浮かんでいるのが異様に思われる。その上部の青い空には、箒で掃いたあとのような軽やかな雲が闊達に延び、水平線上にわだかまっているこの鬱積した雲を見下ろしている。下部の積雲は何物かに耐えている。光と影の過剰を形態で覆い、いわば暗い不定形な情欲を明るい音楽の建築的な意志でもって引き締めているように思われる。『真夏の死』三島由紀夫

青い美しい苔が井桁の外を掩(おお)うている。夏の朝である。泉をめぐる木々の梢には、今まで立ち込めていた靄が、まだちぎれちぎれになって残っている。漂う白雲の間を漏れて、木々の梢を今一度漏れて、朝日の光が荒い縞のように泉の畔に差す。『杯』森鴎外

日が暮れてしまうには間があるはずだったが、いつの間にか雲が厚みを増し、中庭は夕闇と西日が入り混じって、薄紫色のセロファンに包まれたようだった。『博士の愛した数式』小川洋子

好天の日がつづき、水平線に入道雲がつらなった。空がにわかに暗くなって、激しい雨がひとしきり降ることもあった。『破船』吉村昭

湿度の高さ 「ねっとり」「まとわりつく」   

大声で笑いだしたいのを我慢して梨花は歩いた。肌にまとわりつくような夜気すら、心地よかった。『紙の月』角田光代

会社をでた梨花を、ねっとりとした夜気が包み込んだ。『紙の月』角田光代

室内では扇風機だけがまわり、ねっとりとした空気を搔きまわしている。『さよなら渓谷』吉田修一

もっともその日はたいへんないい天気で、広い芝生の上にフロックで立っていると、もう夏がきたという感じが、肩から背中へかけていちじるしく起こったくらい、空が真っ青に透き通っていた。『それから』 

代助は両手を額に当てて、高い空をおもしろそうに切って回る燕の運動を縁側から眺めていた。『それから』夏目漱石

先生は蒼い透き徹るような空を見ていた。『こころ』夏目漱石

6時過ぎだというのに、日は長く、空はまだ淡い藍色だ。『くちびるに歌を』中田永一 

右手に遠州灘の紺碧が広がっている。左手には、三河、遠江、駿河の山々が、天のすそを濃淡の青で染めわけて重なっていた。『竜馬がゆく 一』司馬遼太郎

継之助が箱根の嶮をこえた日は、空がまっさおに蒼かった。『峠 上』司馬遼太郎

陽射し 

強い陽射しが、まるで重さを持っているように肩にのしかかってくる。『さよなら渓谷』吉田修一 

初夏、はじらいをふくんだアカシヤや合歓(ねむ)の花が咲く。強い日差しに負けず、そこここの大樹が青々とそびえて大きな陰をつくる。『落日燃ゆ』城山三郎

夏だ。唐突に思う。蝉。海。空。陽射し。陽に焼けた若い人たち。生い茂る木々。力に満ちた光景だった。『八日目の蝉』角田光代

帰郷する家康の一行が三河路に入ると、初夏の陽射しがいよいよ強く、笠を焼くようである。駿河とは違い、三河にある太陽には匂いがあるかと思った。海辺の生臭さもそうであろう、奥路へ入ると草いきれがつよく、特有の生臭さが光線に匂い出ている。『覇王の家 上巻』司馬遼太郎

私はお母さまの後について行って、藤棚の下のベンチに並んで腰を下ろした。藤の花はもう終わって、柔らかな午後の日差しが、その葉を通して私たちの膝の上に落ち、私たちの膝を緑色に染めた。『斜陽』太宰治

真夏の日差しが照りつけ、めまいがしそうなほど暑かった。『博士の愛した数式』小川洋子

七月に入ったばかりだというのに、日差しはきつく、虫の声がやかましかった。『永遠の0』百田尚樹 

烈しい太陽光線にはほとんど憤怒があった。『真夏の死』三島由紀夫

夏の日差しが諫早文化会館の白い壁をかがやかせている。『くちびるに歌を』中田永一

太陽の光があまりにも激しすぎた。男は激しく身をすくめ、光の棘から身をふりほどく仕種で、素早く首を下げ、シャツの襟をつかんで、力任せにひきむしった。『砂の女』安部公房

我々は暑い日に射られながら、苦しい思いをして、上総の其所一里に騙されながら、うんうん歩きました。そうして暑くなると、海に入って行こうと云って、何処でも構わず潮へ漬かりました。その後を又強い日で照りつけられるのですから、身体が倦怠くてぐだぐだになりました。『こころ』夏目漱石

日は遠い丘の頂きに接近していて、日射しは赤味を帯び、丘の上に涼しい夕風が通り始めている。『密謀(下)』藤沢周平

木洩れ日 

木洩れ日は何もない芝生の上に斑を描き、それがふと目の加減で、安枝の緑色の水着の起伏の上に斑点を落としているように見える。『真夏の死』三島由紀夫 

夏の川原の、白く乾いた石の向こう、木立の狭間に木洩れ陽が踊っている。樺の木の眩しいほどに白い幹と、風にちらちらとさざめきたつ繊細な緑。『鹿の王』上橋菜穂子

空にはひとかけらの雲も見えず、緑はまぶしく、地面には木漏れ日が揺れている。『永遠の0』百田尚樹

空にはひとかけらの雲も見えず、緑はまぶしく、地面には木漏れ日が揺れている。『博士の愛した数式』小川洋子

灌木の間には羊歯が生い茂り、地面は厚い苔で覆われている。杉の梢から薄日の光が洩れて、二人が歩いて行く小径を照らし、顔の前を不意に小さな蝶が横切ったりした。『密謀(上)』藤沢周平

桐 

窓の前の青桐の葉が下から光を受けて、影が重複して、広い葉叢(はむら)がいよいよ柔らかく見える。『真夏の死』三島由紀夫

中庭で一番高い青桐の幹の葉陰には、幾匹もの蝉が羽を休めているのが見える。『博士の愛した数式』小川洋子 

藤棚

私はお母さまの後について行って、藤棚の下のベンチに並んで腰を下ろした。藤の花はもう終わって、柔らかな午後の日差しが、その葉を通して私たちの膝の上に落ち、私たちの膝を緑色に染めた。『斜陽』太宰治

向日葵 

夏はたけなわである。沿道の家の裏手に、向日葵が獅子のように鬣(たてがみ)を奮い立たせている。自動車の埃が、向日葵のあからさまな花の面にかかる。『真夏の死』三島由紀夫

私の自由になったのは、八重桜の散った枝にいつしか青い葉が霞むように伸び始める初夏の季節であった。『こころ』夏目漱石

私は私を若葉の色に心を奪われていた。その若葉の色をよくよく眺めると、一々違っていた。同じ楓の樹でも同じ色を枝につけているものは一つもなかった。細い杉苗の頂に投げ被せてあった先生の帽子が風に吹かれて落ちた。『こころ』夏目漱石

枳殻(からたち)の垣が黒ずんだ枝の上に、萌えるような芽を吹いていたり、柘榴(ざくろ)の枯れた幹から、つやつやしい茶褐色の葉が、柔らかそうに日光を映していたりするのが、道々私の眼を引き付けた。『こころ』夏目漱石

代助は縁側へ出て、庭から先にはびこる一面の青いものを見た。花はいつしか散って、今は新芽若葉の初期である。はなやかな緑がぱっと顔に吹き付けたような心持ちがした。『それから』夏目漱石

峠の頂上は、椚林になっており、青葉に午後の陽が映えて、歩いてゆく源蔵の肌があおあおと染まるようであった。『関ケ原 上 司馬遼太郎』 

昼間、太陽を浴びた木々の葉が体温を発散しているからだろうか、開け放した窓から入ってくるのは風ではなく、熱気ばかりだ。『博士の愛した数式』小川洋子

中庭で一番高い青桐の幹の葉陰には、幾匹もの蝉が羽を休めているのが見える。『博士の愛した数式』小川洋子 

私はお母さまの後について行って、藤棚の下のベンチに並んで腰を下ろした。藤の花はもう終わって、柔らかな午後の日差しが、その葉を通して私たちの膝の上に落ち、私たちの膝を緑色に染めた。『斜陽』太宰治

庭は石楠花の花盛りである。つつじの大きい造花のようなこの花は、余りに派手すぎるのに匂いがないためか、見ていると空虚な感じがして私の気にいらない。谷川の向う岸の蕨はすっかり伸びてしまって若葉を拡げている。杉林はもう午後らしくほの黒い落ち着きの中に黙りこくっている。『白い満月』川端康成

樹々の葉が、真夏の陽光を浴びて濃い緑の色をひろげている。『破船』吉村昭

胸元のリボンは、風を孕みかけて恥らっていたが、その白絹の光沢と見間違うばかりに、彼女のあらわな腕は白い。夏が来てもその腕は残雪のように白かった。『翼』

峠の頂上は、椚林になっており、青葉に午後の陽が映えて、歩いてゆく源蔵の肌があおあおと染まるようであった。『関ケ原 上 司馬遼太郎』 

躑躅(つつじ) 

折から満開の躑躅(つつじ)に囲まれていた。白がある。洋紅がある。絞り模様がある。物音のたえた石畳には躑躅の低い硬質の影が映り、蜂の羽音だけが、眠っている午後の時の寝息のように聞こえている。『翼』三島由紀夫

躑躅が燃えるように咲き乱れていた。先生はそのうちで樺色の丈の高いのを指して、「これは霧島でしょう」と云った。『こころ』夏目漱石

富士 

富士はふしぎな色をしていた。峰の雪が夕方の光をあびて真っ赤に染まっているくせに、すそは風にも堪えぬほどに軽い藍色の紗を引いているようであった。『竜馬がゆく 一』司馬遼太郎

富士の嶺雪が、蒼天にきらめいていた。『峠 上』司馬遼太郎 

緑 

野も山も新緑で、はだかになってしまいたいほど温かく、私には、新緑がまぶしく、眼にちかちか痛い。『女生徒』太宰治

山肌が、緑につつまれるようになった。風が東の方向から渡ってくることが多くなり、強く吹きつける日は稀になった。『破船』吉村昭

緑の色が濃くなって陽光も強さを増し、乾されたイカには蠅がむらがった。『破船』吉村昭

樹々の葉が、真夏の陽光を浴びて濃い緑の色をひろげている。『破船』吉村昭

話をきかせてくれた乳母の民に早速ねだって隣村の平山へ出かけたのは夏で、めざす家の前庭には雑草が生い繁り、気違い茄子の白い花々が暑苦しい緑の中で、妙に冴え冴えと浮かんで見えた。『華岡青州の妻』有吉佐和子

睡蓮

ここへ来たのは初夏の頃で、鉄の格子の窓から病院の庭の小さい池に紅い睡蓮の花が咲いているのが見えました。『人間失格』太宰治

百合

お部屋へ戻って、机の前に坐って頬杖をつきながら、机の上の百合の花を眺める。いいにおいがする。百合のにおいをかいでいると、こうしてひとりで退屈していても、決してきたない気持ちが起きない。この百合はきのうの夕方、駅のほうまで散歩していって、そのかえりに花屋さんから一本買ってきたのだけれど、それからは、この私の部屋は、まるっきり違った部屋みたいにすがすがしく、襖をするするとあけると、もう百合のにおいが、すっと感じられて、どんなに助かるかわからない。『女生徒』太宰治

拭っても拭っても顎の先から滴り落ちる汗をそのままに、バスを見つめていた。真上から太陽が照り付けていた。背中に汗染みを作った何人もの男たちが、成り行きを見守っている。『さよなら渓谷』吉田修一 

お気に入りのグレーのタンクもメッシュのハーフパンツも、もう汗でびしょびしょだ。『一瞬の風になれ 1』佐藤多佳子

肩に革製の小さな文庫をかついでいる。その革に背の汗がしみとおるほど暑い。『峠 上』司馬遼太郎 

あたりを見まわしながら、上衣の袖で汗をぬぐった。『砂の女』安部公房

息苦しいような熱気の中で、私は目をしばたたいた。滲み出る汗で額に髪が張り付く。『夜の蝉』北村薫 

炎天の中を長い間休みなく馬を走らせて来て、全身汗にまみれている。松の枝が日射しをさえぎり、わずかに風が通り抜けてはいたが、草の上にあぐらをかいて坐ると汗が首をしたたり落ちた。『『密謀(下)』藤沢周平

満月

「明るいところでは少し話しにくいの」

「それでは白い満月の薄明りで聞くかな」

私の声に誘われて、八重子もお夏も夕空を仰いだ。

「まあね!ほんとに白い満月ね。」

と八重子が言った。

 この時、瞼が病的な線を描いているお夏の眼が不思議に清らかに光っていた。山深い夏の空の白い満月が黒い瞳の上につつましく姿を重ねていた。『白い満月』川端康成

星 

星が降るようだ。ああ、もう夏が近い。蛙があちこちで鳴いている。麦がざわざわいっている。何回、振り仰いでみても、星が沢山光っている。『女生徒』太宰治

風 

光秀は、真夏の山風に袂をふくらませつつ越前一乗谷に向かって歩いた。『国盗り物語 3』司馬遼太郎

熱い風が吹き付けてくる。『一瞬の風になれ 1』佐藤多佳子

祭り

 夏の祭は紅い金魚の尾鰭のやうに華やかで、また青い乾草のやうに日向くさい、何かしら胸さはぎのするものです。その遠くで昼の花火があがるのです、黄色い煙の花火が。
 夕方になると田舎では田圃の水にかへろが啼いて、蛍がほうほうと、堆肥のかげから飛んで出ます。すずしい白の蓮も、唐黍畑の向うからいいかをりを湿らして来ます。町の方でも大きな桃色のお月さまの下でわつしよい/\とやつてゐます。『祭の笛』北原白秋

ナス

「夏の花が好きな人は夏に死ぬっていうけれども、本当かしら」今日もお母さまは、私の畑仕事をじっと見ていらして、ふいとそんなことをおっしゃった。私は黙ってナスに水をやっていた。ああ、そういえば、もう初夏だ。「斜陽」 太宰治

話をきかせてくれた乳母の民に早速ねだって隣村の平山へ出かけたのは夏で、めざす家の前庭には雑草が生い繁り、気違い茄子の白い花々が暑苦しい緑の中で、妙に冴え冴えと浮かんで見えた。『華岡青州の妻』有吉佐和子

キュウリ

ことし、はじめて、キウリを食べる。キウリの青さから、夏が来る。『女生徒』太宰治

朝顔

ルートが学校から持ち帰った鉢植の朝顔は、花弁を閉じ、既に眠りにつく準備を整えている。『博士の愛した数式』小川洋子

虹の色は徐々に濃くなり、夕空が華やいだ。夕方の虹は好ましい前兆で、殊に初夏の虹はさんまの豊漁を意味する。『破船』吉村昭

夕立ち 

だが、雷鳴と雨足はどんどん激しくなった。稲光が夜空の低いところを横に切り裂く。大きな雨粒にひっきりなしに打たれ、皮膚が痛くなってきた。滝のような雨音以外はなにも聞こえず、地面に叩きつけられる水しぶきで、あたりは白く煙って見える。山の天気は変わりやすいものだが、ここまでの豪雨に遭うのははじめてだった。『風が強く吹いている』三浦しをん 

不意に木立がざわめき、見る見るあたりが暗くなった。さっきまで遠くの稜線にわずかに残っていた夕焼けが、暗がりに飲み込まれていた。どこかで雷鳴が響いた。たちまち雨が降り出した。一粒一粒、形が目で確かめられるほどに大粒の雨だった。屋根を叩く音が部屋中に響いた。カーテンがなびくたび雨が吹き込み、二人の素足にかかった。もうどこにも太陽の気配さえなく、消し忘れた流し台の明かりだけがぼんやり中庭を照らしていた。『博士の愛した数式』小川洋子 

或る夜、雷鳴がとどろき土砂降りの雨があって、梅雨が明けた。陽光が強くなり、伊作の顔も手足も日焼けした。『破船』吉村昭

好天の日がつづき、水平線に入道雲がつらなった。空がにわかに暗くなって、激しい雨がひとしきり降ることもあった。『破船』吉村昭

夏も終わりに近づいた頃、村は激しい風雨にさらされた。午の刻過ぎから生温い風が吹き、空に黒雲が走り始めた。大粒の雨が落ち、やがてそれは襲いかかる波浪のように密度を増した。さらに日没頃から強風がうなり声をあげて吹きつけ、雨が家の板壁や屋根に音を立ててたたきつけてくる。風は山の方向から吹き下ろしてきていて、折れた枝葉が絶え間なく屋根や板壁に音を立てて当たる。『破船』吉村昭

打水

枳殻(からたち)の牆(かき)の前で、民は振返って得意そうに小鼻をひらいてみせたが、加恵は頷くことも忘れて、庭に打水している於継の美しさに見惚れていた。『華岡青州の妻』有吉佐和子

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