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武士道精神とスポーツ 『武士道精神で勝つ なぜ私が世界の舞台でメダルが獲れたのか』 為末大

 わたしは、スポーツはあまり得意ではないですが、見ることは好きです。特に対戦型のものがお気に入りで、球技や格闘技、もちろん陸上競技もよく見ます。オリンピックや世界大会など、緊張感のただようひりつく舞台が好きです。

 この文章は、為末選手の書いたものです。身長170cmと小柄ながら400mHという過酷な種目で世界大会の銅メダルを2つ獲得しています。とても説得力がありました。為末選手の考え方がよくあらわされています。

 いろいろな大会がありますが、為末選手によると、本当の意味での「真剣勝負」とは四年間で三回しかないのだそうです。

 陸上競技のトラック種目において、本当の意味で「真剣勝負」と呼べる舞台は、四年間で三度しか巡ってこない。オリンピックの決勝と、そして、二年に一度開催される世界陸上選手権の決勝である。プロとして活動する世界のトップランナーたちにとって、それ以外のレースはあくまで賞金獲得が目的であり、走っていて勝てると確信したら、あとは流すのがふつうだ。ところが、この三本のレースだけは雰囲気がまったく違う。彼らが本気を出してくるからだ。

 そうなんですよ。その本気が見たいのです。

 為末選手は、2001年のエドモントン世界陸上で見事銅メダルを獲得しました。その後、2004年のアテネオリンピックでは準決勝敗退。そして、2005年のヘルシンキ世界大会で決勝進出を果たしました。この決勝でのやりとりがとてもわかりやすく書かれています。

 準決勝でのタイムは八人中六番目。出場選手の顔ぶれから見て、銅メダルを獲得したエドモントン大会の再現は無理だと、誰もが思っただろう。私自身、決勝の前日まで、ある幸運が重なった場合をのぞいて、自分がメダルを獲れる可能性はゼロに近いと読んでいた。それは、大雨と強風、そして七レーンからのスタートである。

 本人も「ゼロ」と読んでいたメダル獲得の可能性でしたが、その幸運が決勝当日に重なりました。大雨と強風で時間が大幅に遅れ、中止の情報まで流れるほどでした。

 メダルを狙えるかもしれない。にわかに希望がふくらんできたのは、騒然とするアップルームで、ほかの選手に同様の色が見えてきたときだった。とりわけ若い選手たちの、錯綜する情報に心が揺れている様子が手にとるようにわかった。荷物をまとめたかと思うと、突然ウォームアップを始めたり、ふだんなら絶対にしない動きを見せるのだ。そんなことをしたら、走る前から疲れてしまうだろうに。私は彼らにさらに揺さぶりをかけるためにわざと何もせずに座っていることにした。結局、正式な情報が入るまで、じっと待機していたのは私ともう一人、ベテランのフェリックス・サンチェス選手だけだった。

 そのサンチェスが、一回目のスタートでまさかのフライング、私は、ライバルたちの顔がさらに険しくなるのを見逃さなかった。メダルを獲れるぞ、その瞬間、希望は確信に変わった。

 さあ、ここからです。がんばれ為末さん。

 スタートの轟音とともに、私は猛然と、しかし冷静にかっ飛ばした。前半からいっきにリードを奪って、ただでさえ集中力を欠くライバルたちの焦りを誘う戦略だった。

 七レーンからのスタートがなぜよいかというと、逃げる自分の姿を見せるためなのだそうです。八レーンだと遠すぎるとのこと。為末選手は二台目のハードルまで全力で走るとなめらかに減速します。すると、追走する選手は、必死でついていたはずなのに、相手の背中が急に近づいてくるから、慌ててスピードを落としリズムを狂わせてしまうとのことでした。

 メダルを狙える位置で最後の直線をむかえました。

 最後の直線、金メダルの有力候補だった新鋭のクレメント選手が並びかけてきた。私はここで最後の賭けに出た。ゴールラインを走り抜けるのではなく、前のめりにダイビングして飛び込んだのである。ラストはどの選手も、疲労から上体がそり気味になる。逆に身体を折り曲げて、前に倒れ込めば、彼よりも先に届くと考えたのだ。転んで骨くらい折れてもかまわない。最初から覚悟を決めていた。

 「転んで骨くらい折れてもかまわない」そういうぎりぎりの舞台、引き込まれます。

 写真判定の結果、三位!銅メダルです。四位との差は、わずか0.08秒差だったとのことです。体を倒した分の差ですね。

 為末選手は、このレースをさらにこう分析します。

 世界陸上の決勝でなければ、あそこまでうまくはいかなかったに違いない。逆にいうと、真剣勝負の決勝だったからこそ、ライバルたちは私の戦略にはまったともいえる。たとえば最後に競り勝ったクレメント選手とは、10回走ったら10回負けるだろう。100回走って1回勝てるかどうかだ。その1回があのレースだった。

 真剣勝負になればなるほど、どんな強い選手でもナーバスになります。悪天候が重なればなおさらです。そして、「10回走れば10回負ける」と言い切れる相手に勝つ可能性が出てくるとのことです。

 この後、新渡戸稲造の『武士道』に触れています。

 陸上界はアメリカの選手が多いせいか、以前は彼らの言動を世界標準と思い込み、たとえば競技場行きのバスに乗るときでも「どうして僕は彼らのように平気で列に割り込めないんだろう」などと細かいことを気にしていたものだ。だが『武士道』に触れてからは、日本人としての誇りをもって、静かに、列の一番後ろに並ぶようになった。

 なぜでしょう、「わかるわぁ」と言いたくなるのですが、わたしにそのような経験はありません。