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命を得た海上の巨大な鉄の城 『戦艦武蔵』吉村昭

 

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 大砲の射程距離38㎞!大砲一発の重量約1t!鉄でできた船底の厚さ40cm!軽自動車が40キロ先まで吹っ飛び爆発するわけです。まさに規格外。

 とにかく秘密裡に作られました。すべてが国家機密で、その全体像を把握している人間はごくごく少数だったとのことです。何しろ、多くの技術者も目の前の持ち場のみしか知らされず、自分が設置した目の前の配管がどこにつながっているのかすら知らなかったと言います。

 長崎で作られました。製作中は巨大なスダレで覆われて、市民にも見られないようにしました。進水式には多くのお偉方が現地入りします。そのことがばれないように、政府の高官はスーツではなく私服で極秘に長﨑入りしました。一つ前の駅で降りてそこから車を使ったり、ある高官は数週間前に現地入りして市民に溶け込んでいたりと、敵国のスパイの目を意識して徹底的にこそこそ行動を行いました。

 高官は何とか長﨑入りしましたが、問題は長崎市民の目です。さすがに進水式では武蔵を進水させるわけですから、簾の外に出てお披露目となるかと思いきや…。いえ、見せません。海には出すが、市民には見せない。そこでどうしたか。

 進水式当日、防空演習という名目で長崎市民に外出を一切禁じました。特に港近くの家には、家一軒につき警官一人が配置され、家人は港側を絶対見ないように命令されました。アンビリーバブル!家人をずらっと並ばせて、背後から拳銃を突き付けてずっと立たせた警官もいたらしいです。

 「日本で巨大な戦艦が二隻進水したらしい(もう一つは戦艦大和)」アメリカ海軍にはこの情報が入ってきました。しかし、その詳細が全く分かりません。日本人捕虜を厳しく尋問しましたがほとんど要領を得なかったらしいです。そりゃそうです。知らないんですから。 

 洋上に出て、すぐに巨大台風に遭遇しました。転覆する小型艦船も出る中、武蔵は悠々と高速で移動しました。嵐が去った後甲板上に出てみると、搭載物(置いてあったもの)の大半は流出していましたが、本体自体はなんともありません。「この艦は絶対に沈まない。武蔵が沈んだ時は日本の終わりなのだ。国の終わりなら死んでも一向に悔いはない」という武蔵の不沈艦神話がこれ以降乗組員の間に広がっていきました。

 魚雷を食らったこともありました。浸水しても被害を最小限にするため、船壁には無数の小部屋で仕切られているわけです。その部分に穴が開いてもその小部屋のみで浸水を防ぐ、という考えです。修理のために港に戻ると、その小部屋の浸水個所に7名が死んでいました。ふやけて真っ白く腐臭が漂っていたため、浸水していた海水と共にその死体も吐き出されました。山本五十六大将が墜落死したときには、その遺体を必死で探し、武蔵に丁重に運び入れ艦長室に安置したのに、この違いの差は何でしょう。

 最後は、一機の援護戦闘機もない状態で無数の米軍機に囲まれ執拗な攻撃を受け、ついに沈みます。悲しい。

 原子力潜水艦や、戦闘機、大陸間弾道ミサイルなど兵器の向上により、巨大戦艦が作られたことはこれ以降現代に至るまでありませんでした。これからもないでしょう。射程38㎞は確かに凄いですが、ボタン一つで何千㎞といった距離をほぼ誤差なしで着弾する核ミサイルの前では無力ですね。