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西郷どんは専用の睾丸入れを愛用していた 『翔ぶが如く』司馬遼太郎 

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 来年の大河ドラマの主役、西郷隆盛。西郷どんの活躍を描いた司馬作品が、この『翔ぶが如く』です。すでにこの作品は大河ドラマになっています。確かそのときの西郷は西田敏行だったかな。

 この作品の中には、あまり知られていない西郷情報がつまっています。

腹の脂肪は、ちかごろ節食と下剤療法でだいぶ薄くなったが、それでもなお見とれるほどみごとな太鼓である。

 西郷どんが太っていたことは有名です。しかし、痩せようとしていたことは知りませんでした。気にしていたんですね。この時代の下剤療法とはどういったものなのでしょう。これについての詳しい記述はありません。

その腹の下に六尺の下帯がきりっと小気味よく締められているが、睾丸のあたりが荷物でも包んでいるように大きくふくらんでいる。この始末には西郷はいつも難渋していた。

 睾丸がふくらんでいた、とあります。ズボンの上からそのふくらみがわかる、というのもなかなかのものですが、下帯を締めた和装状態でもふくらんで見えたということは、尋常ではありません。どうして、西郷どんの睾丸はふくらんでいたのでしょう。

かれが安政六年(1859年)大島に遠島になったとき風土病にかかって睾丸が大きくなり、そのまま治らなかったため、遠道を歩いたり馬に乗ったりする場合にひどく不自由であった。

 風土病だったんですね。歩いたり馬に乗ったりするのも大変なのだそうです。続けます。

「厄介なもんごわすなァ」

西郷はときどきひとにこぼす。このため西郷は狩猟などに出かけるときには、かれが考案した袋の中にそれをおさめていた。袋はウサギの毛皮を二枚縫い合わせたもので、この袋さえかぶせておけば何里歩いても擦れる気づかいはなかった。

 この風土病、インキンの一種のだったとも言われています。普通のインキンは睾丸の大きさは変わりません。睾丸の皮が赤く腫れイタガユイです。それはなかなかのもので、つねに睾丸のことが頭から離れず何も手につきません。私も経験があります。私は薬を塗ってなおしましたが、西郷どんは1859年の発症以来ずっと治らなかったとのこと。

 西郷どんは、このスーパーインキン状態(集中力の大きな欠如状態)で、薩長同盟戊辰戦争、そして西南戦争を戦ったということになります。坂本龍馬木戸孝允と向かい合っていた時も、勝海舟と会談した時も、熊本城で籠城していた時も、西郷どんの意識の何%かは睾丸にあったはずです。もしも、普通の状態だったら、西郷どんはこれ以上のことをなしたことでしょう。おしい、実におしい。

 大河では、鈴木亮平が西郷どん役とのこと。役作りには定評のある彼が、睾丸をどこまでふくらませるかも見ものです。

 ちなみに、西郷隆盛安政の大獄のあと、失意のあまり自殺をはかっています。海への身投げです。もちろん命は助かりました。