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「忖度」って? 朝日新聞より 

 「忖度」という言葉の特集が組まれています。4月30日の朝刊です。

www.asahi.com

 「忖度」という言葉についての意見や解釈について、7人の読者の意見を述べています。共感できた2人の方の投稿を紹介します。

流通業界で仕事をしていますが、忖度しながら仕事をした方が仕事がはやいです。特に小売店バイヤーもはっきりこうしてくれ!というよりは、察してくれという感じで要望が出されることが多くあります。こうした際に相手の気持ちを感じ取れるかどうかで仕事のスピードは全く違ってきます。また相手に直接言わせてしまっては元も子もないという気もします。(東京都・40代女性)

 同感です。忖度しながら仕事をした方が速いんですよね。

公的なことがらに属すのであれば、忖度は絶対にあってはならない。というのは「公」は透明な情報公開を成立の条件とするためだ。これは、情報・人を問わず同様で、文書ならば全て公開し、公人ならばかれの一挙一投足を公開する。公人には、それくらいの枷があってしかるべきだ。変化する社会に法律は対処できていない。民主主義のために、公的なことがらはどこまでも透明にしなければならない。(長野県・20代)

 同感です。私も同じような記事をここに書きました。ここまで断定して書けない腰の抜けた記事ですが。

yama-mikasa.hatenablog.com

 そして、この忖度という言葉について二人の識者が意見を述べています。

 まず一人目は、成蹊大学(政治思想史)の野口教授です。文脈をかっ飛ばして抜き書きします。

 忖度を英訳するなら、「Empathic  Understanding(共感的な理解)」の方が適切な表現だとした上で、「共感的な理解」だったとしても、感情移入による「理解」と「忖度」は、同列に考えられないのではないかとし、トランプ大統領を例としてあげ、以下のように説明しています。

例えば、トランプ大統領のある行為を「理解」することは、それを「是認」することとは違いますし、ましてやその意をくんで「手助け」することではありません。

こうした「理解」と「是認」と「手助け」がないまぜになっているのが「忖度」ではないか。そして、その「忖度」の世界に欠けているのは、例えば、先のトランプ大統領の例で言えば、その行為に「反対」しつつも理解はする、あるいは「理解」はするが「批判」するという思考だ、と述べています。

 うーん。「理解」してそれを「是認」したら、「手助け」という行動にうつす。これが忖度の基本になると思うのだけどなあ。また、大抵の仕事内容は、目上や取引先の意向は、私自身がそれを「是認」しようがしまいが行わなくてはいけないものがほとんどで(犯罪行為などはもちろんいけませんが)、この忖度騒動とは別モノかと思います。

 2人目は、国語辞典編集者の神永さんです。この忖度騒動について言葉の専門家という立場で意見を述べています。忖度は、「他人の心中を推しはかること」としながらも、近年意味が変わってきていると言います。

それが近年、推量したうえで「何か配慮して行動する」という意味が加わってきました。

確かに、私もそれに近い意味で使っていました。と言っても、この騒動まではこの言葉を知りませんでしたが。

 そして、

忖度でおもしろいのは、森友問題で注目されると、瞬く間に国会の外でも使われるようになったということです。みなさんの気持ちや経験にぴったり合ったということなのでしょう。朝日新聞のデジタルのアンケートでも、「知らなかった」という声が多く、推量し配慮する意味での「忖度」ならさまざまな組織で見聞きするという意見も目立ちました。

お恥ずかしい。全くその通り。私も知りませんでした。

 最後に、こう締めています。

千年単位で伝わる漢語由来の意味が変わり、一気に広まる。そういう場面に立ち会っているのかもしれません。感動すら覚えます。これから出る辞書は、その変化を考慮した解説にせざるを得ないでしょう。

とりあえず、2017年度の流行語大賞にノミネートはされますね。それとも、年末には忘れられているのかな。このブログも年末まではがんばるぞ。