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誰かうちの娘を夜這ってくれ! 『菜の花の沖』司馬遼太郎

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 「若衆組」って知ってますか?

 江戸時代から大正初期ごろまで、西日本にあった組織です。組織というと大げさですが、今でいう「消防団」に近いかな?一定の年齢に達した男子はみなその組織に入り、おとなになるための教育のすべてをうけます。

 若衆組に入ると、家で夕食を食べたあとは一定の若衆宿に行き、仲間と話したり、肝試しをしたり、漁村なら海難救助の方法を教わったり、山村なら、山火事の消し方をならったりします。薩摩にも土佐にもあったということです。

 司馬遼太郎の『菜の花の沖』にも、この「若衆組」が出てきます。主人公の嘉兵衛(これが骨太のいい男)もこの組織に所属しています。この組織では夜這いの仕方もならうとのことです。この本にある、夜這いのシステムがすごいのです。

 例えば、あなたが年頃の娘さんの親御さんだとします。娘が夜這いされたら怒るでしょう。特に父親の怒りはとんでもないことになると思います。でも、この時代の西日本の方々は怒りません。怒るどころか「うちの娘も夜這われた」と安心したといいます。娘に誰も夜這いが来ない場合、親は雨戸の横に娘を寝かせて夜這いされやすくしたといいます。

 美人の娘にはたくさんの男が夜這いに来る、そう思いませんか?たくさん来るらしいです。そして、基本断らず、すべての男を受け入れるらしいです。

 子どもができたらどうするんだ、と思いませんか?子どもができるんです。そうした場合、娘が父親となる男を選択することができ、男には拒否権がなかったとのことです。

 本当の父親じゃないかもしれないじゃないか!と思いませんか?本当の父親じゃないかもしれないんです。でも、そんなこと関係ないのです。「子どもは村のもの」という意識があるんだそうです。

 正直、信じられませんが『菜の花の沖』にはそうあります。

おふさ(かわいい女の子です)の間を、納戸の横に移すか。

と父の幾右衛門が、半ば本気でいったことがある。納戸の横なら雨戸をあければ若者が部屋へ忍び込めるのである。在所で娘をもつ親たちは、娘に若者が通って来なければ、かえって心配した。

 (ふつうの家では)縁談も、婚礼もない。娘のもとに若者が通ってきて、やがてみごもると自然に夫婦になるのである。若者が単数であることのほうがむしろめずらしい。一人の娘に、何人かの若者が通うが、みごもったときは、その子の父となる者に対する指名権は娘がもつ。娘は、自分が好きな、あるいはやや打算的に考えて生涯を託する上で無難な若者を指名する。指名された若者が、逃げるということは、まずなかった。たとえ多少好まない、と思っても、氏名の背後に神でも存在するかのような神聖な感情をもって、それに服するのである。

 むろん、生物学的に自分の子ではないことが十分ありうる。が、そのことが問われることは西日本の浦々に残るこの古俗の中では、まずなかった。

 普通の恋愛はできないのですかね。相手を束縛できないのは苦しいと思いますが、どうなんでしょう。

 娘側にとっては、とてつもなくきつい制度だと思います。しかし、これは男にとっても危険な制度です。一回でも夜這いをしてしまったら、父親に指名される可能性があるわけですから。遊びたくても遊べません。