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宮本武蔵が機動隊を圧倒している 『宮本武蔵』司馬遼太郎

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 最先端のクローン技術によって甦った宮本武蔵が、武装した中国拳法の達人を一刀両断し、恐竜と同程度の戦力を持つ野人を退け、完全防御の機動隊員を盾ごと切り刻んでいます。週刊少年チャンピオン連載中の人気漫画「バキ」での話です。

 実際の武蔵はどれほどの強さだったのでしょう。司馬遼太郎の「宮本武蔵」を読んでみました。

 なかなか強かったようです。しかし、このような人間離れした強さだったかというと、首をかしげざるをえません。

 武蔵の「兵法」に対する考えは、

試合は、おのれの実力よりも低く評価した相手とせねばならない。

です。「何だ、インチキじゃないか」と思いますが、このころはみんなそうだったようです。

武蔵のころの牢人兵法者はすべてそうであり、兵法感覚の初動は相手へのねぶみでありもし値踏んでなおかつ負けた時は自分の評価力の不足といえるだろう。「自分は生涯六十余たびの試合をしたが、一度も負けたことがない」と武蔵は晩年に書いているが、かれのもっともすぐれていたのはこの感覚であった。

と司馬さんは言っています。「絶対に勝てると思った相手としか戦わなかった」ということです。

 相手もまた自分を値踏みしてくるわけです。そうなると武蔵自身も「宮本武蔵は強い」ということを世間に示す必要があります。そのために、こんなことをします。

 吉岡道場との「一乗寺下り松」の戦いでは、あらかじめ敵の大将(まだ幼児)の近くに隠れておき(それがうまくいったこと自体、武蔵の非凡の証ですが)、いきなり大将の首を取りそのまま山へ消えます。そして、行く先々で

「武蔵は吉岡方百人と戦い、打ち勝った」

と言ったとのことです。確かに吉岡衆は70人ほどを集めていたのですが、武蔵は数人しか斬っていません。幼児の大将の首をいきなり切り、すかさず逃げました。「バガボンド」では大勢の吉岡衆を倒す武蔵が描かれていますが、あれも怪しいです。

 また、佐々木小次郎との戦いで、小次郎を怒らせるために遅刻した話は有名です。

 「武蔵は強い」と同じく「武蔵はわざと遅刻する」というのも世間の評判でした。小次郎ももちろんそのことを知っていて、

「かの者は、試合に遅参することをもって常套と致しております。当日は左様なことがなきよう、大夫(興長:決闘の主催者です)においてご入念ねがえると好都合でございます」

という要望を主催者に出しているほどです。「あいつは遅刻するから、そうならないようにしてくれ」とわざわざ事前に主催者にお願いしているわけです。言われた主催者も武蔵の遅刻癖をよく知っていて、決闘の前日から自分の屋敷に招き、当日巌流島に一緒に連れていくことにしました。

 前日の朝、使者が武蔵を屋敷に連れてきました。しかし、怪しげな雰囲気を感じた武蔵は、ぶらっとその屋敷を出ていきます。

「ちょっと出てくる」と武蔵は荷物などは置いたまま外出した。ところが夕刻になってももどらず、夜に入っても戻らない。

主催者は焦りました。この決闘は主君の耳にも入っていて、武蔵が帰ってこなかったら大変なことになります。夜じゅうかけまわって探したところ、発見しました。武蔵がいたのは対岸の下関です。「もどってきてくれ」と使者が何度も頭を下げますが、武蔵は、

「あす、手前において勝手に船をやとい、船島(巌流島のことです)へ参るつもりです。手前の身についてはお案じくださらぬよう」

とその使者に繰り返したとのことです。自分の遅刻癖がばれていることに気付き、それでもなおそこから逃げてまで遅刻する武蔵。時間になっても来ない武蔵を待つ小次郎は、「ほら、言っただろう、あいつは来ないんだよ、だからあれほど言ったのに!」と怒りに怒り…というわけです。

 「バキ」の武蔵も「バガボンド」の武蔵も、私は大好きです。最近「バガボンド」すすんでないですね。どうなっているんでしょう。「バキ」ではいよいよ花山との勝負になります。武器を使わないのが花山の美学ですが、素手で戦ったら読者は納得しないと思うんですよ。もし勝ったら「武装した烈が負けたのに、なぜ?」となりますし、もし負けても「予想通りだ!」となります。様々なサプライズをもたらしてくれる「バキ」。花山の美学をどう処理して、どのような武器を持たせるか、見ものです。