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肉体的コンプレックス

 物心ついた時から、私は背が低かった。小学校は6年間ずっと先頭だった。よく言う「前へならえ」で、私は手を挙げたことがなかった。私は前にならったことがなかったことになる。私は前へならわず、私はいつも、みんなからならわれる「前」だった。

 中学でも変わらなかった。私は一番背が低かった。依然として前へならったことはなかった。体も細く、友達二人に挟まれて歩くと、「地球人に捕獲された宇宙人」のような絵になった。

 中学生時代での肉体的ハンデは本当に悲惨だ。理屈抜きに圧倒的に悲惨だ。身体が子どもから大人の体へ変わっていき、精神的にも大人びてくる頃。自分の集団とその中での自分の位置を強く意識する頃。ある人間はスポーツで、ある人間は腕力で、学校内の階層を駆け上がっていく。「一番背が低く痩せている」という事実は、この階層を上るには大きなハンデで、多少勉強ができる程度という能力しかもたなかった私は、その階層を上ることができなかった。そのせいで性格もねじまがった。ねじまがった性格が先か、この肉体が先かはわからない。肉体的なハンデではなく、ねじまがった性格のせいでこの階層を上れなかったのかもしれない。

 最も屈辱的だったのは、運動会のオクラホマミキサーだ。女子は内側に、男子は外側に、二重の円を作り踊るアレだ。私の学年は、女子が男子より少なかった。いきさつは忘れたが、私は女子の円の中に入って男子と手をつないで踊った。私が女子役になったのは、おそらく(いや確実に)私の背が一番低かったからだろう。本当に屈辱だった。憤りで戦慄が走るとはまさにあのことだ。最も背伸びしたい、最も女子の目を意識する中学校の3年間、私はずっと女子役だった。よく、「好きな子ともう少しで踊れる、というところで曲が止まる」という笑い話があるが、あのオクラホマミキサーで、私が好きな女の子と踊る時は永遠に来ない。今振り返るに、女性の教師が入ったらよかったじゃないか、と本当に思う。

 強く、大きな男に憧れた。目が覚めたら、ハルクホーガンが自分にのりうつっていたらいいのに、と毎日腕立て伏せや腹筋をしていた。確かその頃、ベンジョンソンがやらかした。世界選手権かオリンピックか忘れたが、大きな大会でカールルイスに勝って100m走金メダリストになったのに、ドーピングで失格になったとのこと。私は、「ドーピング」という言葉を初めて知った。ベンジョンソンは、「筋肉増強剤」というものを使って失格になったらしい。筋肉増強剤?筋肉が増強する?私が追い求めていたものはそれだ!そんなものが世の中にあるのか!都会にはそういうものが売っているのか(田舎に住んでいたので)、手に入れたい!欲しい!と思った。私はアスリートではないから大丈夫だと、まだネットなどない時代、私は本気でそう思っていた。

 高校で、一気に背が伸びた。20cm伸びて、173cmになった。その後惰性で少し伸び、175cmで止まった。伸びてよかったが、「遅い!」と思った。

 大学進学で上京した。百貨店やスーパーで筋肉増強剤を探した。大きなスポーツ用品店でやっと発見した。毎日飲み、腕立てや腹筋、懸垂をした。自分は法を犯しているのかもしれないという後ろめたさがあったが、ハルクホーガンになるためには仕方がない。店頭で堂々と売っていたのだ。罪悪感を抱えながらトレーニングに励んだ。大学時代は、一人暮らしのアパートの部屋によく友人が遊びに(泊まりに)来る。彼らに発見されないように、私は筋肉増強剤を狭い台所スペースの奥底にある小麦粉の裏に隠していた。

 私の体は3か月ほどで変わった。腹が割れ、肩にも肉がついてきた。もうお気づきだと思うが、私が飲んでいたものは、「プロテイン」であり筋肉増強剤ではない。私がそのことを知るのは、あと2年ほどしてからだ。

 大学時代以降に出会った人間からは、「お前がちびだという印象は全くない」と言われるが、私は今でも身長と体型のコンプレックスを抱えている。

 「背が低い」「はげている」「太っている」…たとえ親しい間柄だとしても、そういうことを他人に言うのはやめよう。「俺、太っているから」と自分で言う人も、「お前太っているな」と言われたら傷つく。自分で言うのと、人から言われるのは大きな違いだ。「俺の母ちゃんブサイクでさあ」と言っている人に、「お前の母ちゃん本当にブサイクだったな」と言うのと同じ。何気ない冗談のつもりの一言が、長い人間関係に終止符をうつことになるかもしれない。