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桜 「家守綺譚」梨木香歩

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桜の季節になりました

 

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  百年前、天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今一つ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」=綿貫征四郎と、庭付き家つき電灯つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である

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 不思議な世界が広がっています。とにかく美しい。私は本に知識をもとめてしまう貧乏性なので、この手の本はあまり手に取ることはありません。

 しかし、以前このブログで紹介させていただいたように、私が利用している「読書メーター」でのコメントが秀逸で、ついつられて購入してしまいました。 

 「情景が目に浮かぶ」という言葉がありますが、まさにそれです。いくつか紹介します。

 

 疎水の両岸の桜が満開のまま、しばらく静止を保っていたが、ついに堪えきれず、散りに入った。疎水の流れはその花びらが、まるで揺れ動く太古の地表のように、大きな固まり、小さな固まり、合体したり離れたりを繰り返し、下手に流れてゆく。じっと見ていると次第に川面は花びらで埋め尽くされ、水の表を見ることも難しくなるほどだ。

 昨年はこの桜の季節を過ぎてから引っ越したので、噂には聞いてはいたがこれほどのものだとは思わなかった。花吹雪、という言葉は決して誇張のものではない。

 目を少し上方に転じても、これほど桜が多かったのかと驚くほど、あでやかなぼんぼりを燈したような、微かに朱の入ったほの白いものが、点々と山肌を覆う。

 

梅雨

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 新緑だ新緑だ、と、毎日贅を凝らした緑の饗宴で目の保養をしているうち、いつしか雨の季節になった。濡れることなど、平気の平左と思われるゴローも、基本的には好んで濡れる必要もないと考えているのだろう、緑の下で退屈そうにしている。私ももちろん、出かける気がしない。 

 じっとして机の前に座っていると、ざぁーという雨の音が縁の回り、家の回り、庭のぐるりを波のように繰り返し繰り返し、だんだん激しく取り囲む。その音を聞いていると、何かに押さえつけられてでもいるように動けなくなる。さながら雨の檻の囚人になったような気になる。昼だというのに夜の如く暗く、空気はひんやりと梅雨冷えの肌触り、頭の芯にまで冴え冴えとした湿気が染み通ってきそうだ。

 

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 吹きくる風に一筋の冷たい線が混じっている。初秋と呼ばれる季節になったのだ。空が高い。雲が薄い。涼しい鈴の音が、チリンと響いてくるのは、どこかの軒下に吊るされている、夏の名残の風鈴だろうか。

 疎水べりを歩いていると、ススキの穂も立ち始め、夏の頃とは大分空気の質も変わってきたのが分かる。虫の声もいよいよ姦しくなった。季節の営みの、まことに律儀なことは、ときにこの世で唯一信頼に足るもののように思える。 

 

 まだまだ満載です。こういう文章を書ける人が作家さんなんですね。