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テロと特攻の違い 「永遠の0」百田尚樹

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娘に会うまでは死ねない

「娘に会うまでは死ねない。妻との約束を守るために」

そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、一つの謎が浮かんでくる。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。

 原作も映画もよかったです。

  映画ではカットになったシーン。朝日新聞社の高山と、元特攻隊員で一部上場企業の社長に上り詰めた武田とのやりとり。映画では、合コンでの主人公と友人とのやりとりに変わっています。

「私は愛国者だったが、洗脳はされてはいない。死んでいった仲間たちもそうだ」

「私は、特攻はテロだと思っています。それは彼らの残した遺書を読めばわかります」

「馬鹿者!あの遺書が特攻隊員の本心だと思うのか。特攻隊員は、厳しい制約の中で、行間に思いを込めて書いたものだ。それは読む者が読めば読み取れるものだ。報国だとか忠孝だとかいう言葉に騙されるな。喜んで死ぬと書いてあるからといって、本当に喜んで死んだと思っているのか」

「喜んで死を受け入れる気のない者が、わざわざそう書く必要はないでしょう」

「遺族に書く手紙に「死にたくない!辛い!悲しい!」とでも書くのか。それを読んだ両親がどれほど悲しむかわかるか。大事に育てた息子が、そんな苦しい思いをして死んでいったと知った時の悲しみはいかばかりか。死に臨んで、せめて両親には、澄み切った心で死んでいった息子の姿を見せたいという思いがわからんのか!」

「新聞記者だと。あんたは死にいく者が、乱れる心を押さえに押さえ、残されたわずかな時間に、家族に向けて書いた文章の本当の心の内を読み取れないのか」

「私は書かれた文章をそのまま受け取ります。出撃の日に、今日は大いなる喜びの日と書いた特攻隊員もいます。そんな彼らは心情的には殉教的自爆テロのテロリストと同じです」

「馬鹿者!テロリストだと。ふざけるのもいい加減にしろ。自爆テロの奴らは一般市民を殺戮の対象にしたものだ。無辜の民の命を狙ったものだ。ニューヨークの飛行機テロもそうではないのか。答えてみろ」

「そうです。だからテロリストなのです」

「我々が特攻で狙ったのは無辜の民が生活するビルではない。爆撃機や戦闘機を積んだ航空母艦だ。米空母は我が国土を空襲し、一般市民を無差別に銃爆撃した。そんな彼らが無辜の民というのか。空母は恐ろしい殺戮兵器だった。我々が攻撃したのは、そんな最強の殺戮兵器だ。しかも特攻隊員たちは性能の劣る航空機に重い爆弾をくくりつけ、少ない護衛戦闘機しかつけて貰えずに出撃したのだ。何倍もの敵戦闘機に攻撃され、それをくぐり抜けた後は凄まじい対空砲火を浴びたのだ。無防備の貿易センタービルに突っ込んだ奴らとは断じて同じではない!」

 テロと特攻の違いがわかります。この後、新聞を含むメディアについての在り方について武田さんは問います。

 映画で見せた岡田君の演技は素晴らしかった。あ、このシーンは岡田君出ていません。そもそも、映画ではこのシーンがないのです。 

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