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「峠(下)」司馬遼太郎

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維新史上最も壮烈な北越戦争に散った武士の生涯

    継之助は、戦争は避けたかった。官軍の強さはよく知っていましたから、戦えば勝ち負けはわからずとも無傷ではいられません。長岡藩の民が多く死ぬことになります。何としても戦いを避ける、そのための官軍との会談が行われます。官軍に対しひたすらひたすら下手に出る継之助。帰れ帰れと言われても、銃剣で脅されてもひたすら頭を下げ続ける。しかし、これ以上の陳情に希望を失った継之助は背を返し、闇の中へ消えます。その瞬間から、凄惨極まりない北越戦争の幕が切っておろされました。

 継之助は、城内の上士を集め、会談の結果を述べた後、こう言います。

「これ以上は道がない。むろん、全藩降伏という道はある。しかしながら、わが長岡藩はそれを望まない。瓦全は、意気ある男子の恥ずるところ(瓦としていのちを全うするというのは男子の取る道ではない)。よろしく公論を百年の後にまって玉砕せんのみ」

そして、

「人間とはなにか、ということを、時勢に驕った官軍どもに知らしめてやらねばならない。驕りたかぶったあげく、相手を虫けらのように思うに至っている官軍や新政府軍の連中に、いじめ抜かれた虫けらというものが、どのような性根をもち、どのような力を発揮するものかをとくと思いしらしめてやらなければならない」

 私は、このくだりを何度読み返したかわかりません。継之助のように紙に刻むように書いたこともあります。そのおかげで、私はこの文を諳んじることができます。そして、ここ一番という時、この言葉を思い出し呟いています。力が湧きます。

 

 官軍に降伏すれば藩が保たれる、しかし、継之助はそれを選びませんでした。彼にとっての正義、つまり、「いかに藩をよくするか」という命題を「いかに美しく生きるか」という倫理的なものに転換し、それによって死ぬこととなりました。これは挫折ではなく、継之助にあっては疑うことのない命題の完成の形だと思います。