読書生活 think it over

本や新聞を読んでいます

やくみつるさんはたいしたもんです

 朝日新聞6月10日の朝刊です。やくみつるさんの風刺絵とコメントがのっていました。わたしにその画像をのせる技術がないので紹介できませんが、上手なんです。これって、新聞を写真で撮ってそれを載せるしか方法はないのでしょうか。

 コメントだけ紹介します。おもしろさは半減しますが。

 安倍政権をちくっと刺す「あいうえお作文」です。ではいきます。

 

「あ」あやしいぞ

    じゅういがくぶで

     かけにでる

 

「い」いたいとこ

    つかれとたんに

     にばいそく

 

「う」うさんくさい

    ともとくりだす

     ゴルフじょう

 

「え」えこひいき 

    ではすまされぬ

     おつきあい

 

「お」おかしいな

    やることなすこと

     おかしいな

 

 イラストももちろんですが、この作文見事です。

 

 それにしても、最近の安倍政権はひどすぎます。もうコメントのしようがありません。ふしぎなことに、それほど腹もたちません。以前はあれだけ怒っていたのに。 

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 もう慣れちゃったんですかね。でも、それこそ彼らの思うツボです。声はきちんとあげないと何も変わりません。がんばって怒らないと。

 そういえば、以前安倍さんが、「読売新聞を読んでください」と言ってましたね。たしか、「読売新聞にはわたしの主張が正しく書いてある」というようなことを言っていた気がします。

 読売新聞はそう言われてどう思ったのでしょうかね。政府の御用新聞と言われたようなものです。次の日の社説、読んでみたかったです。「安倍さん、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」とでも書いてあったのでしょうか。

 もっと気になるのは産経です。産経はどう思っているのでしょう。「うちをさしおいて読売ってどういうことっすか!」ってとこかな。 

妻が、運転違反で警察官につかまって泣いて帰ってきた 

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 ある夜、帰宅した妻が青い顔で話しかけてきました。「警察に捕まった。どうしよう、もうだめだ」と。何をしたのかと聞くと「車で横断歩道上を通り過ぎたら、後ろからパトカーに止まるよう指示された。信号もないから信号無視じゃないし、どうしたんだろうと思って警察官に聞くと、横断歩道で人が立っていたのにあなたは止まらず走ったから違反だと言われた」とのこと。

 さらに、「人は確かにいたけれど、その人は自分のカバンの中をごそごそと見ていたから、いいのかな、と思ってわたしは止まらなかったのに」と泣きながら言います。

 そこから先は、妻に聞かなくてもわたしは知っています。彼女がそのあとおまわりさんとどのようなやりとりをしたか、ということを。

 

 わたしは、免許を取って20年以上たちますが、一度もゴールド免許をもらったことがありません。駐車違反や携帯電話など、今まで10万円以上はお金をはらってきました。

 30歳目前だったかなあ。「ゴールド免許だと保険がかなり安くなる」という当たり前のことを知り、違反を取られないように注意しました。5年ですよね。あと少し、というところでことごとく違反をしてしまい、2度のチャンスを逃し、今度こそ、と迎えた3回目の5年目(意味わかりませんね)が間近、とうとういったか、と思ったそのときやってしまいました。4年と10カ月です。

 渋滞にはまって、車がぴくりとも動きません。本当に動かないのです。やることもなくぼけっとしていたら、ふと思いついたことがありまして携帯にメモりました。メモリ癖がわたしにはあります。職場では鉛筆でメモっていますが、運転中となるとそうはいかず。しかし、何度も違反をしたからわたしは知っています。車が止まっているときは携帯いじりはOKなのです。

 少し動き始めました。携帯をやめて運転します。また、止まります。この繰り返しです。

 「なんだ、動いているじゃないか、それはだめだろ」と思いますよね。違うんです。10分止まって少し動く、そんな感じでした。

 そしたら、窓をコツコツたたく音がします。バイクのおまわりさんです。見つかりました。誘導通りに車を止めて、あとは慣れたものです。

 少しは抵抗しましたよ。「車は止まっていたじゃないですか。止まっているときはOKですよね。車が動いたらやめてましたよ」と言うと、「よくご存じですね。その通りです。でも、〇〇さんは車が動いている間も確実に携帯画面を見ていました」とおまわりさん。わたしはよく知っています。こうなったら、もう何を言ってもおまわりさんには通用しないことを。

  

 ここでみなさんに質問です。携帯、駐禁、速度違反などで捕まったら、どうなるか知っていますか?

 わたしの記憶によると、

①免許証を見せる。

 ここで、免許証がなければさらにペナルティーが加せられます。しかし、「免許を財布ごと家に置いていて、子どもに走って持ってこさせてセーフだった」という話を聞いたことがあります。真偽のほどはあやしいです。

②紙に住所と携帯電話の番号を書く。

 おまわりさんから複写式の紙を渡されますので、その紙にしっかりと書きましょう。嘘はいけません。おまわりさんは、免許証を何か機械に通して確認してます。おまわりさんはあなたがわたした免許証は確認しました。紙に書かせることで、この免許証が本当にあなたのものなのか、ということの確認をしたいのではないかと思います。

③職業を聞かれる。

 妻はお堅い仕事についています。正直に答えて「わたしはクビになる」と言ってました。職業を聞かれたら「会社員」と答えたらいいのです。おまわりさんにもよりますが、「ご職業は会社員でよかったですか?」などと聞いてくれる話のよくわかる方もいます。若いときには「言いたくない、会社員とでもしておいてください」と生意気言ったこともあります。すると「おまえ、顔見たことあるぞ、もしかして消防?」なんて言われたんですよ。おまわりさんもいろいろです。ちなみにわたしは消防署に勤務しておりません。

 わたしの友人は、あまりに腹が立って「わからない」を連発したとのことです。警視庁24時などを見ているとそれだと絶対にだめそうですが、友人はOKだったと言いますから会社員で処理されたのかな、と思います。

④違反内容の確認と今後の処置について説明を受ける。

 何日までにこの用紙をもって金融機関に行ってお金を払ってください、と言われます。行かないと裁判だと言われます。わたしは毎回払いました。

⑤指紋をとる。

 はんこでもよかったのかもしれません。わたしははんこを持ち歩いていないので毎回指紋です。最近はインクの性能がよくなり、たしかティッシュでふかなくても赤いのがとれる優れものになりました。

⑥こみあげる怒りをおさえる。

 悪いのは自分です。でも腹が立ちます。また違反者講習確定です。おまわりさんを憎みます。

⑦悲しい気持ちになる。

 お金を払わなくてはいけません。駐禁だと18000円です。携帯だと確か9000円です。本当に悲しいです。

⑧これからは気をつけようという気持ちになる。

 おまわりさんの仕事は大変なんだな、人から憎まれるのが仕事なんて大変だな、これからは気をつけよう、そう思います。

 わたしは、妻に「あなたはクビにはならないし、あなたの職場にこの違反が通報されることはないよ」と言いました。泣く妻を見て、おまわりさんにおびえるその100分の1でもいいから、わたしにその気を使ってほしいものだと思いました。 

壮絶!三文字切腹 『竜馬がゆく』司馬遼太郎

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 息子が小学校のときに買った『歴史人物できごと新事典』という本を読みました。とてもおもしろく、興味をそそる記事が満載です。その中のひとつの記事に目が止まりました。

「スゴイ根性の話」三文字切腹!!

武市端山は、肝っ玉のすわったサムライだった自らの身体を3回斬るという三文字切腹で、最期を遂げたんだ。ほかのどんな武将でもできなかったことだよ。

 武市端山(ずいざん)。通称は半平太です。土佐出身で土佐勤王党を結成します。竜馬とも交友がある幕末の雄の一人です。はて、三文字切腹?知りませんでした。『竜馬がゆく』を久しぶりに読み、武市半平太の最期のシーンを探しました。見つけました。

 いろいろあって、武市半平太は捕らえられ切腹を命じられます。

 半平太はどう切腹するか考えます。当時、切腹がどのようにとらえられていたのか、司馬さんの文章を少しだけ引用します。

 武士の切腹が「美」にまで高まり、かつその例がもっとも多かったのは戦国時代と幕末であって、徳川中期の泰平の世にはうとんぜられた。扇腹というのがあって、短刀がわりに扇を腹にあてるだけで、背後から介錯人が首を落としてくれた。元禄の赤穂浪士でさえ、切腹の前夜、その仕方を知らず、ひとに教えを乞う者があったという。

 が、戦国、幕末といったように時代がたぎり、緊張してくると、男というのは自分が男であることの美を表わそうとする。この時代数えきれないほどの武士が切腹したが、ことごとく見事であった。

 「扇腹」これならわたしにもできます。介錯人が一撃で決めてくれることを祈って、扇を腹にあてます。

 もちろん半平太は扇腹などしません。普通の切腹じゃない、特別な、もっと強烈な切腹法はないかと考えます。切腹にはいろいろあって、基本の一文字に切る方法や十文字に切る方法などがありますが、半平太は人があまりやらない三文字切腹をやると決めました。

 ところが、気合を入れて三文字切腹を行っても、そのような切腹作法を役人が知らなかったら、「こいつ何やってんだ」と笑われるだけです。それだけはさけたいと思った半平太は、人を呼び

「わしは三文字切腹をやる。そんな古法があるのだということを心得て、後日、人がそしる時の証人になってくれ」

と言います。

 問題は半平太の体力です。長い獄中生活で衰弱しきっています。しかし、やる、やると決めたらやるのです。

 とうとう切腹当日。半平太は、

「まだ竜馬がいる。おれとは生き方が違ったが、あとはあの男がよろしきようにやってくれるじゃろ。薩摩には西郷がいる。長州には高杉、桂がいる。土佐藩固陋にして動かざれども、天下はまわりゆく。いずれは徳川が倒れ、あたらしい国ができる。魂魄になってもそのときを楽しみに待とう」

と言うと、後ろに備える介錯人二人に、

「よいか。わしがよしというまでやるな」

と告げ、気が充実するのを待ちます。

 そして、三文字切腹です。まさに壮絶。長いですがすべて引用します。これくらい勘弁してください。半平太の最期です。

 短刀をとり、腹をくつろげ、しばらく気魄の充実してくるのを待ったが、やがて左腹の下部にずばりと突き立てた。

 声は立てない。

 きりきりとそれを右へ一文字に切りまわし、いったん刃をひきぬくや、こんどは右腹に突きたて、

 やっ

 やっ

 やっ

 と三呼叫び、みごと三文字に掻き切って突つぶせた。

 血しぶきがすさまじく飛び、検使の役人の袴に、びしっとかかったほどである。

 まだ息があった。

 介錯人はうなずきあい、左右から心臓部へ突き刺した。武市の姿勢がすでに伏せているので、首を刎ねられなかったのである。

 37歳。武市半平太、三文字切腹の描写です。

 妻の富子は気丈な方でした。武市と間に子どもはいませんでしたが、養子をもらい半太と名づけて育て、武市の姪の千賀とめあわせました。そして、大正6年、88歳でお亡くなりになりました。養子の半太は医師となり、昭和18年に死亡、その妻千賀は昭和35年に亡くなりました。

 そして、その長男の半一さんは、東京で医師をされていたと『竜馬がゆく』にはあります。

もう一度、冒頭の文章に戻ります。

「スゴイ根性の話」三文字切腹!!

武市端山は、肝っ玉のすわったサムライだった自らの身体を3回斬るという三文字切腹で、最期を遂げたんだ。ほかのどんな武将でもできなかったことだよ。

 武市の最期を全く覚えていなかったわたしが言うのもなんですが、すいぶんふわっとした書き方ですね。「どんな武将でもできなかったことだよ」って、ねえ。

結婚生活は難しい 

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 妻とぎくしゃくしています。妻だけが悪いわけではありません。わたしも悪いのです。

 顔を合わせる時間が長くなればなるほど、険悪な雰囲気になります。休みが重なった日などは最悪です。つねに小さな火だねがたくさんあり、うちわでひとあおぎしたら一気に燃え上がる、そんな感じです。燃え上がってから気がつきます。そこにも火だねがあったのかと。

 火だねはなんだったんだろう、と振り返っても正直よくわかりません。ささいなどうしようもないことです。突き詰めれば、小さなことの積み重ねということになるでしょうか。

 共働きのわたしたち、口論の行きつく先は「自分がこの家のためにどれだけのことをしているか」です。洗濯、掃除、炊事、ゴミ出し、地域住民との付き合い、などなどです。

 この言い合いからは何も生まれないこともわかっています。感謝の気持ちをもつことの大切さ、『おれがおれがの「が」じゃなくて、おかげおかげの「げ」でくらせ』これもよくわかっています。しかし、うまくいかないのです。

 わたしたち夫婦をよその人が見たら、仲のよさそうな夫婦に見えるようですが、実際はいつ離婚してもおかしくない状態です。よそのご家庭はどうなんでしょう。夫婦円満なのですか?

 わたしがブログをやっていることも、妻はもちろん知っています。しかし、妻がわたしのブログを見たことは一度もありません。ないのです。すすめても見てくれません。スマホでがっつりヤフーニュースを見たり、ネット通販を利用したりしているのですが、わたしのブログは見ようともしません。「本当に見ていないと言えるのか」と聞こえそうですが、見ていません。何十回も「Yama-Mikasa」って言ってますから。

「不安は情熱を燃え上がらせ、安定は情熱を殺す」

 フランスの大作家、マルセル・ブルーストの名言です。

 お風呂に一緒に入るなんてもってのほか。毎日会わないようにする。ときには一週間くらい音信不通にする。などと恋愛指南書には書いてあります。それらは、マルセルの言う不安な状態をあえて作り出すことがねらいなのでしょう。相手に完全な安心感を与えないこと、五分の安心感と、五分の不安感をたえず与えておくことで、かえって二人の仲を情熱的にすることにつながるのかな、と思います。

 それでは、結婚生活はどうなのでしょう。結婚生活は完全に安定しきった状態です。恋愛はよいところの見せあい、結婚は悪いところのさらけだしあい、とどこかで読みましたが、本当にそのとおりです。

 答えが見つかりません。ふう。それほど多くの読者がいるわけではない些末なブログですが、この記事はみなさんの不評を買うのでしょうか。

 

すごい写真が見つかった

www.asahi.com

 朝日新聞2017年6月5日(月)の朝刊です。

    戦前の1935年に沖縄で撮られた写真が300枚近く見つかりました。

 魚をかかげ、ほこらしげな漁師。はだしで走る子ども。路地裏を歩く和装の女性。活気あふれる商店。表通りに荷物を広げ物を売る多くの人。線路の上を馬で走る貨車。

 生活のにおいがぎっしりとつまった数々の写真に目がくぎ付けになりました。もちろん白黒ですが、海や空がはっきりと青く、ほほえむ人の歯がはっきりと白く見えます。  

 この生活が10年後に破壊されます。この方たちの何人が終戦の日を迎えられたのでしょう。生き残った人たちも無傷ですんだはずがありません。

 記事にもありますが、太平洋戦争末期の沖縄戦で戦前の沖縄の写真の多くは焼失しています。専門家から見ても価値の高い写真だとのことです。

 知識としてのみだったわたしの沖縄戦に、ほんの少し血が入った気がします。

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過去の男女関係を今のパートナーに言いますか? 『愛情セミナー』遠藤周作

 この本で、遠藤周作は嫉妬の苦しみとして3つあげています。

 一つ目は、

嫉妬の苦しみとは、人間の自尊心が最大に傷つけられた苦しみ

 自分の彼女が、別の男に心変わりしたら、ねえ。トータルで見て、あなたより彼、と評価されるわけですから、ねえ。

 二つ目は、

嫉妬の苦しみとは、過度の想像のために生ずる苦しみ

 嫉妬にかられた男女は、相手に妄想をもつようになる。そして、どんなことからでも疑惑を起こし、相手を疑い、自分を苦しめるという結果になる、と。まあねえ、嫉妬というものはそういうものですから、ねえ。

 三つ目は、

嫉妬の苦しみとは、過去の過ぎ去ったことでも今のことのように思われるし、未来のことも現在あるように想像してしまうことから生ずる。

 ここで、今回の記事のお題です。あなたは、過去の男女関係を今のパートナーに言いますか?

 ここに一人の娘がいた。ある青年を愛して体を与えた。やがてその青年と別れ、その青年のことはもう彼女の心にも意識にもすっかり消えてしまった。

 何年かたって彼女は結婚した。そして夫を愛した。彼女は幸せだった。だから、ある日、夫にウソをつきたくないという感情から「ごめんなさい、昔、こんなことがあったの」と過去のことをありのまま告白した。そして、「でも、安心してね。その人のことなんかこれっぽっちも心にないのよ。愛しているのはあなただけよ」と保証したわけである。

 だが、その日から夫は嫉妬に苦しみはじめた。つぶさに繰り返し繰り返し、昔のことを問いただし、怒り歎くのである。

 彼女にはなぜかわからなかった。もうとっくに終わったことだ。にもかかわらず、夫はなぜ嫉妬を起こすのだろうか。

 やがて彼女と夫との仲はしっくりいかなくなり、やがて別れてしまった。

 こういう例を出して、今の恋愛や結婚を大事にしたかったら、昔のことを告白してはなりません、と言います。当たり前でしょう。

 この本、高校生のときに読みました。そのときはおもしろい、と思ったのですがなぜでしょう、再読した今ぴんときません。そもそも高校生がなぜ「愛情セミナー」なんていう本を買うのでしょう。ネット通販などない時代、この本を高校生が手に取りレジに持っていき店員さんに顔を見られながら買う。恥ずかしい。確かに当時悲しい失恋をしたことは覚えています。だからといって「愛情セミナー」って。定価320円とあります。時代を感じるなあ。当時のわたしはこの本を読み、何を感じたのでしょう。

 最後にこれは、その通りだなあと感じたところが一つあったので紹介します。

 相手の自分に対する気持ちがわからないときは、相手の嫉妬の度合いを調べればいい。「あたしのこと、好きだと言ってくれる人がいるの」と相談をもちかけるふりをしてみるのだ。「え?ほんと?どんな人?」「で、君はその人のことをどう思っているの?」と彼が聞いてきたらシメたものである。彼は君のことが好きなのだ。架空の別の男に取られたくないのである。

 だが、こんなとき「そう、よかったな。ところで、今度の天皇賞、どの馬がいいかな?」などと全く関係ない会話をはじめる男は、まず、脈なしと思ってあきらめるべきである。

 わたしもそう思います。天皇賞の馬を聞くようでは、ねえ。

右肩がじんじんと痛い

 先月、体育館でバスケットボールをしました。と言ってもボールをついたりシュートをしたりという程度です。息子の試合を見ることはあっても、自分がプレイすることなどそうそうなく、少し興奮しました。

 リングの高さ305cm、いやあ、高い!フリースローラインから見るゴールは遠く、シュートはリングに当たって跳ね返ればいい方です。そこそこ力をいれないと届かず、入る気配は全くありません。マイケルジョーダンは、確かこのラインから跳んでダンクを決めていました。あり得ません。さすが「エアー」です。 

  

 フリースローラインですらその景色ですから、スリーポイントラインからのリングは遥か彼方です。シュートエリアではないですね。シュートするというより思い切り投げる、といった感じでした。

 30分ほど運動して帰宅しました。

 数日してから右肩が痛みます。右肩を中心に背中や脇、首、二の腕がじんじんいいます。この痛みが何日も取れません。ずっと痛い。寝るとき以外はつねに痛い。

 これほどまで右肩に神経をもっていかれたことは、人生で初めてです。こんな右肩なくなってしまえ、と思うくらい痛いです。

 そして思いました。身体というのは健康なときは全く意識せず、意識されないときが一番よく働いているのだな、と。たとえば歩くとき、足のことなんて全く意識することなく、右足出して、左足出して、と上手にやってます。意識すればするほどかえってうまくいかないものです。そう。健康なときは透明で存在感なし。

 ところが、不健康になったとき、とたんに色を帯びて存在感が出てきます。申し訳ありませんでした、治ったら大事にするから許して下さいと祈りながらお風呂で優しくさすってあげています。