読書生活 think it over

本や新聞を読んでいます

稲田さんはアウトだ

「10年ほど前から会っていない」だと?

 世間を賑わせている森友学園問題。森友学園理事長の籠池さんとの関係を問われた稲田さんは、13日に

「10年ほど前から、もう全くお会いしていないし、関係を絶っているんです」

と答えています。稲田さんが籠池さんの顧問弁護士だったのでは?との質問にも

「全くの虚偽だ」

と切り捨てたとのこと。(朝日新聞2017、314)

 

 しかし、今日の夕方のニュースによると、民進党升田世喜男氏の質問に

「(13日の参院予算)委員会で突然、12年前の資料に基づく質問をされ、全く私の記憶に基づき答弁した。今朝の報道で、13年前の裁判所の出廷記録が掲載された。2004年12月9日、夫の代わりに出廷したことを確認できたので、訂正しおわびする」

と述べたといいます。(朝日新聞デジタル 314)

 

稲田さんは、
「相談を受けたこともない」「裁判を行ったこともない」

などと今まで答弁してきました。

「突然質問されたから、私の記憶に基づいて答弁した」?

怪しかったら、「確認する」と言えばいいだけのこと。こんなふざけた嘘が通るなら、もう何でもありです。もし、これを「嘘」と認識しておらず、「事実を述べている(本人が信じれば事実ではない出来事も本当のことと思い込んでしまうことが、人間にはあります)」と確信していたのであれば、弁護士も、国会議員も失格です。こんな大事なことを完璧に忘れるなら、若年性の痴呆を疑った方がいい。辞職して、病院に行くことをお勧めします。

 

 そもそも、首相夫人がこの学校の名誉校長だったことも問題です。

「大人の人たちは、日本が他の国々に負けぬよう、尖閣諸島竹島北方領土を守り、日本を悪者として扱っている中国、韓国が心改め、歴史で噓を教えないようお願いいたします」

こんなことを、幼児に言わせるなんて。

「安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ」

こんなことを、幼児に言わせるなんて。

 民主主義の世の中である故、こういう学校があってもいいかもしれません。しかし、首相夫人が名誉校長をつとめる学校が、こうであってはいけません。首相夫人が名誉校長となり、その学校の児童に「安倍首相がんばれ」と連呼させ、防衛大臣がその学校の理事長の元弁護士。これで辞任に追い込めないようなら、野党の存在意義はありません。

 稲田さんは、靖国を訪れたといいます。靖国には様々な思いがあり、是か非かとは軽々に言えません。しかし、こんな二枚舌を、大村益次郎が受け入れるとは思えません。

 

 

 

 

テロと特攻の違い 「永遠の0」百田尚樹

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娘に会うまでは死ねない

「娘に会うまでは死ねない。妻との約束を守るために」

そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、一つの謎が浮かんでくる。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。

 原作も映画もよかったです。

  映画ではカットになったシーン。朝日新聞社の高山と、元特攻隊員で一部上場企業の社長に上り詰めた武田とのやりとり。映画では、合コンでの主人公と友人とのやりとりに変わっています。

「私は愛国者だったが、洗脳はされてはいない。死んでいった仲間たちもそうだ」

「私は、特攻はテロだと思っています。それは彼らの残した遺書を読めばわかります」

「馬鹿者!あの遺書が特攻隊員の本心だと思うのか。特攻隊員は、厳しい制約の中で、行間に思いを込めて書いたものだ。それは読む者が読めば読み取れるものだ。報国だとか忠孝だとかいう言葉に騙されるな。喜んで死ぬと書いてあるからといって、本当に喜んで死んだと思っているのか」

「喜んで死を受け入れる気のない者が、わざわざそう書く必要はないでしょう」

「遺族に書く手紙に「死にたくない!辛い!悲しい!」とでも書くのか。それを読んだ両親がどれほど悲しむかわかるか。大事に育てた息子が、そんな苦しい思いをして死んでいったと知った時の悲しみはいかばかりか。死に臨んで、せめて両親には、澄み切った心で死んでいった息子の姿を見せたいという思いがわからんのか!」

「新聞記者だと。あんたは死にいく者が、乱れる心を押さえに押さえ、残されたわずかな時間に、家族に向けて書いた文章の本当の心の内を読み取れないのか」

「私は書かれた文章をそのまま受け取ります。出撃の日に、今日は大いなる喜びの日と書いた特攻隊員もいます。そんな彼らは心情的には殉教的自爆テロのテロリストと同じです」

「馬鹿者!テロリストだと。ふざけるのもいい加減にしろ。自爆テロの奴らは一般市民を殺戮の対象にしたものだ。無辜の民の命を狙ったものだ。ニューヨークの飛行機テロもそうではないのか。答えてみろ」

「そうです。だからテロリストなのです」

「我々が特攻で狙ったのは無辜の民が生活するビルではない。爆撃機や戦闘機を積んだ航空母艦だ。米空母は我が国土を空襲し、一般市民を無差別に銃爆撃した。そんな彼らが無辜の民というのか。空母は恐ろしい殺戮兵器だった。我々が攻撃したのは、そんな最強の殺戮兵器だ。しかも特攻隊員たちは性能の劣る航空機に重い爆弾をくくりつけ、少ない護衛戦闘機しかつけて貰えずに出撃したのだ。何倍もの敵戦闘機に攻撃され、それをくぐり抜けた後は凄まじい対空砲火を浴びたのだ。無防備の貿易センタービルに突っ込んだ奴らとは断じて同じではない!」

 テロと特攻の違いがわかります。この後、新聞を含むメディアについての在り方について武田さんは問います。

 映画で見せた岡田君の演技は素晴らしかった。あ、このシーンは岡田君出ていません。そもそも、映画ではこのシーンがないのです。 

yama-mikasa.hatenablog.com

 

 

 

土方歳三 「一刀斎夢録(下)」浅田次郎

死んで神となった 土方歳三 

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 沖田、土方、近藤ら仲間たちとの永訣。土方の遺影を託された少年・市村鉄之助はどこに消えたのか。維新後、警視庁に奉職した斎藤一は抜刀隊として西南戦争に赴く。運命のち・竹田で彼を待っていた驚愕の光景とは。百の命を奪った男の迫真の語りで紡ぐ鮮烈な人間ドラマ・浅田次郎新選組三部作、ここに完結。

 

 土方関連の本をいくつか読みましたが、その中でもとびきり極上の描写です。

 

やつは戊辰の戦を、とことん戦い抜いた。ここが死場所と思うたことは幾度もあったであろうが、そのたびごとに「まだまだ」と念じて、ついには函館開城の土壇場でおのれを持ちこたえた。

そして、もはやこれまでと確信するや、五稜郭より討って出て、まるで絵に画いたような討死をした。あそこまで立派な死にようをされたのでは、元は百姓じゃなどと誰が言えるものかよ。

警察官として長く奉職しておった間、わしの主たる務めは要人の警護であった。正体などは知られておらなんだゆえ、その要人どもの雑話から御一新の懐旧譚をしばしば洩れ聞いたものじゃ。

近藤勇の名は、よく耳にした。沖田総司永倉新八、しまいには斎藤一という名前も聞くことがあって、思わず「わしじゃ、わしじゃ」としゃしゃり出たくもなったものだ。

しかしふしぎなことに、土方歳三の名は出ぬ。仮に誰かが口を滑らそうものなら、たちまち失言を被うように話題が変えられた。

どういうわけか、わかるかの。

御一新の戦の敵味方にかかわらず、生き残った者にとって土方歳三の名は、禁句だったのだ。

武士の時代を双肩に背負ったあの死に様はの、かつて武士であった者たちの目にあまりに眩く、あまりに輝かしく、その名を口にするだけでもおのれの栄光がすべてめしいてしまうように思えるのであろう。

考えてもみよ。維新の元勲と称せられる長州人は、京師の怨み骨髄の土方に、武士としてこのうえない死出の花道を歩まれてしもうた。薩摩人にしてみれば、また違った意味からいよいよ重い死に様であったろうよ。

大樹公は公爵に列せられて、今もご健在じゃ。五稜郭で降参した榎本和泉守は外相や農商務相を知らん顔で歴任しおった。勝安房守に至っては、枢密顧問官の伯爵様じゃ。

そうした者どもの頭から、土方歳三の名はまず忘れられたことはあるまいて。ゆえに禁句なのだ。

江戸城開城の折のかけひきにおいて、勝安房のふるうた采配はまさしく神をみるがごときであった。わしらはみな、やつに踊らされた。しかるに、土方はみごと大逆転をいたしたの。向後の歴史において、勝安房守は偉大なる人物にとどまるであろうが、土方歳三は神とされる。

 

 西郷は、生きながらにして神とされていたと聞きます。来年の大河が楽しみです。

 

東日本大震災

 「ママがそばにいなくて寂しくないですか?」

 

「ママがそばにいなくて寂しくないですか?お友達とは仲良く一緒に遊んでますか?ちゃんとご飯を食べていますか?」

 6才で命を落とした娘に向け、母親が書いた手紙です。今朝の朝日新聞に出ていました。

 私には、中一の息子がいます。震災当時6才でした。この新聞のお母さんの娘さんと同い年です。

 私の息子は、元気に生活しています。

  昨日、妻と私と息子の3人で買い物に行きました。店のホワイトデー売り場でチョコのお返しを選んでいると、息子が私に言いました。

「お母さんに買ってあげたい。喜ばせたいから内緒で買ってあげたい」

妻を、この場所から去らせたいようです。

 妻が、「無印良品で文房具を見たい」と言っていたのを思い出した私は、

「二人でここでお返し買っておくから、無印に行っておいでよ。隣の本屋で合流しよう」

と切り出しました。すると、妻が、

「時間ないから、無印は今度でいいよ」

と言うのです。困った息子が、

「俺も本屋で買いたい本があるから、後で本屋で合流にしようよ」

とさらに一押し。すると妻は、息子の「買いたい本」になぜか食いつき、

「本?何?どんな本?あんた本なんて読んだっけ。私も一緒に行く。はやくお返し選ぼうよ」

と。息子と二人で目で合図し、作戦は一時中断することに。

 お返しを買い、無印に向かう途中で、私が息子に

「お父さんが今トイレに行くふりをして、さっきの売り場でお母さんの分買ってこれるけど、どうする?」

と言うと、息子が

「俺のお金で買いたいんだ」

と言います。お金を持っているのか?と聞くと、ある、と言います。

「じゃあ、お前が行ってこい」と、息子がダッシュで先ほどの売り場へ戻ります。合流地点は無印の隣の本屋。

 数分後、先ほど買った友達へのお返しを手にぶらさげ、息子が書店に戻ってきました。妻へのプレゼントはリュックの中に入れてきたとのこと。

 

 震災で娘さんを失った先のお母さんの言葉を聞くと、涙が出てくる。

 ご冥福をお祈りします。あなたの分も、息子を大切にしたい。

 

天才とは 「一刀斎夢録(上)」浅田次郎

天才とは 沖田総司

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「飲むほどに酔うほどに、かつて奪った命の記憶が蘇る」

最強と謳われ恐れられた、新選組三番隊長斎藤一。明治を隔て大正の世まで生き延びた「一刀斎」が近衛師団の若き中尉に夜ごと語る、過ぎにし幕末の動乱、新選組の辿った運命、そして、剣の奥義。慟哭の結末に向け香り立つ生死の哲学が深い感動を呼ぶ、新選組三部作完結編

 

 だそうですが、私はこの完結編しか読んでいません。読む順番を間違えました。新選組副長助勤三番隊隊長斎藤一が、若い中尉に熱く語る、という話です。まるで浅田次郎斎藤一に会ってきたかのような語りとなっています。新選組にあまり興味がない方でも、「土方歳三」や「沖田総司」の名は聞いたことがあるはずです。土方歳三は、坂本龍馬と並び、歴史好きが選ぶ人気人物第一位だそうです。

 沖田総司は天才剣士として有名です。この天才「沖田総司」を斎藤一を使って、浅田次郎はこのように表現しています。

 

わしの抜きがけの一太刀を躱すことのできる者、と言いかえてもよい。むろん白刀を交えたためしはないが、やつは後世の語りぐさにたがわず、少なくともわしの出会うた中では天下第一等の遣い手であった。

剣に限らず、いわゆる稽古事はみな同じであろうが、経験を積めば上達するというものではない。むろん稽古をせねば話にならぬゆえ、師と仰がれる者は口にはださんがの。いかんともしがたい天賦の才というものが、たしかにあるのだ。同じ稽古を積むにしても、十年の労苦を一年かそこいらでひょいと凌いでしまうような、神仏から授かっているとしか思えぬ才を持っておるものはたしかにいる。沖田総司というは、それであったの。

沖田は誰もいなくなった道場に、まるでころあいを見計らったような具合に現れるのだ。そして、天然理心流の形を一通り浚う。

奇妙なことに、沖田の独り稽古は、独りに見えぬのだ。見えざる神が、古代の矛や剣やらをふるって沖田に稽古をつけているといえば、そうとも思えた。

わしの体には無数の刀傷がある。今も存命の永倉の体も、それは同様であろう。近藤も土方も、ともに湯に浸ろうものならたちまち傷自慢が始まったものだ。

だが、沖田の体には掻き傷のひとつすらなかった。まるで琺瑯の器のごとき、輝くばかりの肌をしておった。つまり、誰よりも修羅場を踏んでおりながら、やつの体に届いた剣はなかったのだ。

 

もう一つ。

 

沖田総司の剣を天才の一語で評するはたやすい。では、天才とは何かと問うてみよう。

たとえば、われらの歩む剣の道が百里の行程であったとする。時は違えど、わしも永倉もおぬしもその百里を歩む旅人じゃ。

多少の才に恵まれ、修練を積めば、九十九里までは達することができるが、その先には進めぬ。九十九里の峠の先には千尋の谷が待ち構えており、人間の背に羽でも生えぬ限りその谷を越えて百里に達することはできぬのだ。いきおい九十九里の峠の頂にとどまる者は数多く、彼ら相互の技倆は紙一重である。むろん師の近藤勇ですら、そのうちの一人にすぎなかった。

しかし沖田総司は、その千尋の谷を隔てた向こう峰におるのだ。やつがいつの間に、どのようにして谷を越えたかは誰も知らぬ。ただ気が付けば向こう峰の頂に腰をおろして、ぼんやりと宙を見つめていた。

万人に一人、などという言い方はあたるまい。わしはこの齢になるまで、向こう峰に座る剣士を二人とは知らず、おそらくおぬしはこの先、一人も見ぬであろう。

谷を越えられぬ凡俗にとっては、九十九里といえども百里の道のなかばであることにちがいはない。しかし九十九里を歩んだ者の果報として、わしらは百里をきわめた人間をこの目で見ることができた。

沖田総司のかけがえのなさというは、すなわちそのようなものであった。

 

  九十九里までは精進すればいける。しかし、百里に達するには羽が必要だ、とのこと。なるほど。

 

 

 

命をかけるとは 「若きサムライのために」三島由紀夫

口だけでない「命をかける」

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男の生活と肉体は、危機に向かって絶えず振り絞られた弓のように、緊張していなければならない。平和ボケと現状肯定に寝そべる世相を蔑(なみ)し、ニセ文化人の「お茶漬けナショナリズム」を罵り、死を賭す覚悟なき学生運動に揺れる学園を「動物園」と皮肉る、挑発と警世の書。死の一年前に刊行された、次代への遺言。

 

 学生運動にあけくれる学生たちを、三島はバッサリ切りすてます。 

 

 こん棒をふりまわしても破防法は適用されず、一日二日の拘留で問題は片付いてしまう。しかもおまわりさんは機動隊の猛者といえども、まさかピストルをもって撃ってくる心配はないので、いくらこちらが勇気を奮って相手をやっつけても、強い相手が強い力を出さないで、あしらって一緒に遊んでくれるのである。幼稚園と保母のような関係がそこにはある。

 したがって、今の日本では勇者が勇者であることを証明する方法もなければ、不勇者が不勇者であることを見破られる心配もない。最終的には、勇気は死か生かの決断においてきめられるのだが、われわれはそのような決断を、人には絶対に見せられないところで生きている。口でもって「何のために死ぬ」と言い、口で「命をかける」ということを言うことはたやすいが、その口だけか口だけでないかを証明する機会は、ない。

 

 「命をかける」と皆が言うが、今の日本ではこの言葉が本当かどうか見破られることはない、と三島は言います。衝撃的な死を遂げたとのこと。彼の思想は私の範疇を大きく超えているが、少なくとも、彼の「命をかける」という言葉は本当だったということを、多くの日本人は知っています。また、彼が強い肉体と精神をもった人間だということが、この短いエッセイ集を読めばわかります。

 

 

 

人見知り

「人見知り」って言うのはよそう

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 人間関係を構築することが苦手です。一人が得意で、就寝前の読書タイムが至福のひとときです。私は、「人見知り」でした。でも、今は違います。私は「内気」です。

 人見知りには、二通りあると思っています。

 一つ目は、

「友達は欲しいけど、なんて話しかけていいかわからない」

というタイプです。話しかけても、無視されたらどうしよう、馬鹿にされるんじゃないか、と考える人もこのタイプです。

 二つ目は、

「他人に興味がない。一人が好き。人に合わせるのが嫌い」

というタイプです。私は、こちらです。

 ある時、どこかで読みました。

 

他人に興味がないのさ、自分がしたいことをするだけさ、なんてスナフキンみたいなこと言ってるやついるけど、そういうやつに限って、自分がどう思われているか人一倍気にしてるからたちが悪い。そもそも、人に興味がない、やりたいことをやるって、幼児と同じだよ。そんなやつ、こっちからお断りだね。

 

 ああ、その通りだ、と思いました。このときから「人見知り」とは言わないようにしようと思いました。同じ人見知りなら、前者の人見知りになろう、そう思いました。

 ところで、ここで人見知りについて書くために、Wikipediaをのぞいてみました。

 すると…

 

人見知り(ひとみしり、: Shyness)とは、従来は子供が知らない人を見て、恥ずかしがったり嫌ったりすることである。大人の場合は「内気」・「照れ屋」・「はにかみ屋」・「恥ずかしがり屋」の言葉をあてるのが標準的であるが、現在は「人見知り」という言葉を大人についてもよく使う。また、最近ではコミュニケーション、人付き合いが苦手なこと、知り合いや顔見知りの前で自由な感情を表現できない事、を表す用語として使うこともある。

主に子供に対して使われていた表現だが、少子化による核家族化や、都市部における隣人との希薄さや、ひきこもりの増大などから、若者や大人に対しても幼児化をさす表現として使われるようになってきた。ただし、これは日本に限ったことではなく主要先進国でも、人見知りが激しい大人は多く見られている。

 

 やっぱり、人見知りは子どもなんですね。驚きです。大の大人が、「私は人見知りです」と言うのは、避けた方がいいかもしれません。だから、私は「人見知り」ではなく、「内気」です。