読書生活 think it over

本や新聞を読んでいます

八月十六日午後八時、死去 

『峠』をじっくり読んでみた。「北越の蒼龍」「ラストサムライ河井継之助の名言

人間とはなにか、ということを、時勢に驕った官軍どもに知らしめてやらねばならない。驕りたかぶったあげく、相手を虫けらのように思うに至っている官軍や新政府軍の連中に、いじめぬかれた虫けらというものが、どのような性根をもち、どのような力を発揮するものかをとくと思い知らしめてやらねばならない。

 司馬遼太郎作品の秀作『峠』を、このお盆にじっくり読みました。上のセリフは、本作の主人公「河井継之助」の言葉です。わたしの一番好きな言葉です。この本が好きで好きで。二年に一度は読み返しています。

 ブログの題、「つり」っていうのですか?みなさんに継之助を知ってもらえたら、どれだけ非難されてもかまいません。河井継之助は、慶応4年8月16日の午後8時に死にました。数えで150年です。そうか、今年は明治150年だ。西暦にすると1868年ですが、それだと日にちがずれて、10月になります。

 わたしは、何度もつまずきながら生きてきました。その底にいたとき、『峠』を手にし、彼の熱い魂の叫びを聞き(読んだのではありません、わたしははっきり聞きました)、気力が満ちてくるのを感じました。

 いくつもの河井語録をノートにメモし、何度も繰り返して頭に叩き込みました。そして、苦しいときやくやしいとき、頭の中で、口に出して自分を鼓舞しました。また、弱者が目の前で理不尽な思いをしているとき(社会人をしていると年に一度くらい、このような場面に遭遇するのです)、「ちょっとまて!」と前に出たりもしました。前に出ても何も言えなかったのですが。でも、いいのです。「あなたが悲しい思いをしていることを知って、いてもたってもいられない人間がここにいる」ということを、その方にわかってもらえたらそれで十分ですから。

 彼のセリフをつぶやくと、このへっぽこなわたしに彼がのりうつってくれる、そんな気がしました。「なぐられてもいいから、勇気と力をふりしぼって立ち上がるべきだった」と後悔することありませんか?そんなこと、わたしにはもうありません。継之助がわたしのうしろにいるからです。「おい、おまえ、これでいいのか?」と継之助がいつもわたしに言うのです。

 さっそく紹介したいのですが、「誰だよ、河井継之助って」と思いますよね。「ブッダの名言」や「アインシュタインの名言」なら、読んでみようかなと思うかもしれませんが、「河井継之助の名言」だと知名度が足りません。

 そこで、『峠』と河井継之助のを紹介をながら、その名言を紹介します。知っておいて損はありません。ぜひ、ご一読を(涙)。読んで、一つでもみなさんの心にひっかかってほしい、そういう気持ちで一生懸命書きますから。

『峠:上』

幕末、雪深い越後長岡藩から一人の藩士が江戸に出府した。藩の持て余し者でもあったこの男、河井継之助は、いくつかの塾に学びながら、詩文、洋学など単なる知識を得るための勉学は一切せず、歴史や世界の動きなど、ものごとの原理を知ろうと努めるのであった。さらに、江戸の学問にあきたらなくなった河井は、備中松山の藩財政を立て直した山田方谷のもとへ留学するため旅に出る。

 (日本語訳)

「長岡に生まれたワイルドな男が、せまいいなかにじっとしていられず日本中を旅する」

 旅をするってあります。当たり前ですが、徒歩ですよ。「頭でっかちになりたくないのさ、おれは行動するためのものさしがほしいのさ」ってとこですね。

 では、河井語録上巻編スタート! 

人間はその現実から一歩離れてこそ物が考えられる。距離が必要である。刺激も必要である。愚人にも賢人にも会わねばならぬ。じっと端座していて物が考えられるなどあれはうそだ。

 「あれはうそだ」かっこいいぞ。

おれは知識を掻き集めてはおらん。せっせと読んで記憶したところでなにになる。知識の足し算をやっているだけのことではないか。知識がいくらあっても時勢を救済し、歴史をたちなおらせることはできない。おれは、知識という石ころを、心中の炎でもって熔かしているのだ。

 「知識を心の炎で溶かすのだ」。

志の高さ低さによって、男子の価値が決まる。このこと、いまさらおれがいうまでもあるまい。ただおれがいわねばならぬのは、志ほど、世に溶けやすくこわれやすくくだけやすいものはないということだ。志は塩のように溶けやすい。男子の生涯の苦渋というものはその志の高さをいかにまもりぬくかというところにある。

 「志を高く」です。「血などいくらなくなっても生きていけるわ!気概がなくなれば、それこそ死!」。伝説の麻雀漫画「アカギ」に出てくる鷲巣のセリフによく似ています。 

『峠:中』

旅から帰った河井継之助は、長岡藩に戻って重職に就き、洋式の新しい銃器を購入して富国強兵に努めるなど藩政改革に乗り出す。ちょうどそのとき、京から大政奉還の報せが届いた。家康の幕将だった牧野家の節を守るため上方に参りたいという藩主の意向を汲んだ河井は、そのお供をし、多数の藩士を従えて京へ向う。風雲急を告げるなか、一藩士だった彼は家老に抜擢されることになった。

 (日本語訳)

「黒船襲来。日本は大騒ぎだ。長岡藩はどうしたらいいのだ。だれか、このピンチを救ってくれ。よし、あの男を家老にしよう。その名は河井継之助!」

 幕府側につくのか、それとも薩長につくのか…。困った長岡藩は、河井継之助を家老にします。家老とは殿さまに進言する立場です。

おれの日々の目的は、日々いつでも犬死ができる人間たろうとしている。死を飾り、死を意義あらしめようとする人間は単に虚栄の徒であり、いざとなれば死ねぬ。人間は朝に夕に犬死にの覚悟をあらたにしつつ、生きる意義のみを考えるものがえらい。

  峠の「中」は、下巻に向けての足場固めであり、クライマックスの準備です。下巻で爆発しますから、みなさんの気持ちが離れないうちにさっさといきましょう。

『峠:下』

開明論者であり、封建制度の崩壊を見通しながら、継之助が長岡藩をひきいて官軍と戦ったという矛盾した行動は、長岡藩士として生きなければならないという強烈な自己規律によって武士道に生きたからであった。西郷・大久保や勝海舟らのような大衆の英雄の陰にあって、一般にはあまり知られていない幕末の英傑、維新史上最も壮烈な北越戦争に散った最後の武士の生涯を描く力作長編。

(日本語訳)

「官軍と旧幕府軍、どっちにつくのが美しいか考えろ。幕府には世話になった。官軍につくのは人の道に反する。だが、官軍と戦ったら長岡の民が無事ではすまない。長岡藩はどっちにもつかない。長岡藩は俺が守る!」

 くそう、なんといって説明したらいいんだ。人はどう行動すれば美しいのか、ということを彼は突き詰めて考えた。そして、美しいと思ったら可能・不可能を考えずそれを行動にうつす、これが河井継之助の美学でありまして…。

 クライマックス!さあ、みんな、胸に刻み込め!

人間、成敗(成功不成功)の計算をかさねつづけてついに行きづまったとき、残された唯一の道として美へ昇華しなければならない。「美ヲ済ス」それが人間が神に迫り得る道である。いま、この大変動期にあたり、人間なる者がことごとく薩長勝利者におもねり、打算に走り、あらそって新時代の側につき、旧恩をわすれ、男子の道をわすれ、言うべきことを言わなかったならば、後世はどうなるのであろう。

 彼は会津にもつかず、官軍にもつかず、中立を保つこととします。官軍は西から来ます。官軍は「金を出せ、兵を出せ」と威張り散らしてやってきます。彼らには金がありません。金、人、食料は現地調達です。と言えば聞こえはいいのですが「略奪」です。

 荒れた官軍の若い兵たちに「官軍にはつかない。そのかわり会津にもつかない。藩内に侵入せず通過してほしい」と頭を下げ、何度も頼む継之助。しかし、聞き入れてもらえません。プライドの高い継之助がさらに頼む。「官軍とは戦えない、戦ったら民の命が危ない」と。しかし、「金も出さない、兵も出さない。だったら、早く帰って戦う支度をせい、それともびびったか」と剣でつかれます。

 なるほど、もうわかった。やってやる!やってやるぞ!と。

これ以上は、道がない。むろん、全藩降伏という道はある。しかしながら、わが長岡藩はそれを望まぬ。瓦全は、意気ある男子の恥ずるところ。よろしく公論を百年の後に俟って玉砕せんのみ

 「瓦として、いのちを全うするというのは男子のとる道ではない。いずれが正しいか、その論議がおちつくのは百年のちでなければならない。歴史は百年たてば鎮まるであろう。その百年の後世に正邪の判断をまかせるべきである。その百年ののちの理解をまって、いまはただ玉砕せんのみ。全藩戦死することによってその正義がどこにあるかを後世にしらしめてやる!」これは、司馬さんの訳です。あまりに美しいのでそのまま書きました。

 そして、長岡藩士をこう鼓舞します。これです。ここが一番好き!

人間とはなにか、ということを、時勢に驕った官軍どもに知らしめてやらねばならない。驕りたかぶったあげく、相手を虫けらのように思うに至っている官軍や新政府軍の連中に、いじめぬかれた虫けらというものが、どのような性根をもち、どのような力を発揮するものかをとくと思い知らしめてやらねばならない。長岡藩の全藩士が死んでも人間の世というものはつづいてゆく。その人間の世の中に対し、人間というものはどういうものかということを知らしめてやらねばならない。

 うなるガトリング砲!戦いますが、押し寄せる官軍の量にじりじりと押されます。くそう!こいつら何人いるんだ!疲れ切っている兵に民。彼らに向かって継之助はこう言います。

御家はみなを見捨てぬぞ。食い物がなくなれば本陣へ来よ。たとえ兵糧に事欠いても、一粒の米を二つにくだき、三つにくだいても食わせるぞ。継之助がうけあうぞ。

 泣けてきた。泣けてきたぞ。がんばれ、継之助(涙)。

 しかし、銃弾をあびてもはやこれまで。彼は、侍者にこう言います。

どうやらわしは死ぬ。もうおっつけ官軍がくる。それまでにわしは自分の始末をせねばならぬ。わしが死ねば死骸は埋めるな。時をうつさず火にせよ。いますぐ、棺の支度をせよ。焼くための薪を積み上げよ。主命である。おれがここで見ている。

「松蔵、火をさかんにせよ」八月十六日午後八時、死去。くそう。

 このセリフ、一つでもいいので覚えていただけたらと思います。

 みなさん、これ、最後まで読んでくれましたか?わたしの完全なひとりごと?ここまで誰もついてきてないの?ふりかえったら誰もいない?いや、強烈に歴史に詳しい方がいます。

 ちなみに、長岡を窮地に陥れた張本人として、継之助を非難する声が当時からあり、それはいまも続く、とネットで知りました。現実に何も知らないわたしが、ここで彼のことを激賞することが関係者の心を傷つけてしまうかもしれません。その点が気がかりではあります。

読書の意義ってなんだろう 

図々しく生きていく

 8月14日(月)朝日の朝刊です。「Voice声欄」に高校生の投稿がありました。

 見出しは、

夏目先生 私も「牛」で行きます 高校生 東京都15歳 

 です。この子、とてもさわやかです。

 書き出しはこんな感じです。

 夏目漱石先生。初めてお手紙差し上げます。先生が亡くなってから、100年と少し経ちました。しかし、先生の書かれた本は今も読み継がれ、熱心なファンがたくさんいらっしゃいます。

 そして、

 何年もの時が過ぎても、人の心に残り続けるのは本当にすごいことだと思います。もちろん作品がすばらしいからですが、先生のお人柄も魅力的なのだと思います。

 漱石先生、褒められてますよ。

 繊細だったり、癇癪持ちだったり、おちゃめだったり。面倒くさかったり、面倒見が良かったり。そんな先生だから、少し変わったお弟子さんたちに愛されたのでしょう。

 たくさんの漱石作品を読んだうえでのことです。きっとわたしより読んでます。

 私は最近、つらいことが多々あり、落ち込んでいます。なんだかもう、本当に死んでしまいたくなるほどに。しかし、先生が門下生の芥川龍之介久米正雄にあてた手紙の、「しかしむやみにあせってはいけません。ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です」という一文でふんわりと心が軽くなりました。

 何があったの?大丈夫?

 私はきっと偉くなんてなれないけど、それでも、ゆっくり、図々しく頑張っていこうと思います。

 と締めくくっています。

読書は悩む心を和らげる 

 読書の意義の一つに、「悩み苦しんでいる人を楽にする」をあげます。わたしたちのまわりには解決方法のない悩みがごろごろしています。「恋愛」「人間関係」「嫉妬」「成功や失敗」「出世」‥社会で生きている以上、これらの問題はさけようと思ってもさけられません。悩み始めたら、何をしていてもそのことが頭を離れない。それこそ寝るときも食べてるときも。寝られないし食らべれないし。まわりの人が普通に生きているのを見て、こんなに苦しんでいるのはわたしだけ?と思うと苦しみは倍増します。

 ところが‥。本を読めば、そこにはわたしと同じ悩みで苦しんでいる人がいるじゃありませんか。その本には解決策などのってないけれど、「この悩みで苦しんでいるのはわたしだけじゃない」と思えることでずいぶん救われます。一人だけ貧乏だったら嫌だけど、みんなが貧乏だったら「まあ、いっか」と思えるでしょ。

 この高校生は、夏目漱石の手紙を読んで心が軽くなった、と書いていますが、日頃から漱石の作品をいくつも読んでいるのでしょう。そうじゃなかったら、その手紙にたどりつくことはありません。また、「繊細だったり、癇癪持ちだったり、おちゃめだったり。面倒くさかったり、面倒見が良かったり」という部分にも、漱石作品をかなり読み込んでいることがわかります。

 漱石作品には、恋愛を扱ったものが多くあります。恋愛は人生の大きなテーマであり、誰もが悩み苦しんできたテーマです。大人もそうです。え?この高校生が悩んでいるのは恋愛じゃない?

 この投稿を読んで、とても共感しうれしく思いました。この高校生の話を聞きたい、と思いました。きっと熱く語ってくれるんだろうなあ。

 芥川風に言うと‥

 私はこの投稿を読み、しばしの間、いいようのない疲労と倦怠と、そして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅かに忘れることができた。

というような感じです。ちょっとかっこつけてみました。

 そうだ、「文豪がカップ焼きそばを作ったら」っていう本が売れていると聞きました。くやしいなあ、ああいうアイデアが降ってきてたら、と思います。くそう!

 この投稿に、「死にたくなることがありました」と書いてあります。なんてこと、しっかりご飯を食べて、顔を上げて。「死にたい」と思っている人もあなただけじゃないし、「死にたい」と思っている人の苦悩を扱った小説もたくさんありますよ。ご存じだとは思いますが、漱石にも芥川にも太宰にも。 

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初めての戦争文学8選 

太平洋戦争を読もう

 はじめて読んだ戦争モノは『黒い雨』でした。それから、年に1~2冊くらいのペースで、戦争モノを読むようにしました。体験談をまとめたものや、写真集やノンフィクション系のものも読みましたが、やっぱりわたしは小説で読む方がすきです。いわゆる戦争文学ってやつです。

 著名な戦争文学では、作家に命を吹き込まれた主人公が、置かれた様々な場面で必死に戦争と対峙します。その主人公に身を委ねることで、彼らと戦争を体験することができるのです。天才的な筆力をもつ作家さんたち、ありがとうございます。

 今回は、太平洋戦争を代表する場面を8つ選び、その場面に沿った本をそれぞれあげました。

1:戦争中の哀しすぎる兄妹愛:『アメリカひじき・火垂るの墓』/野坂昭如

2:飢えとの戦い 南方作戦:『野火』/大岡昇平

3:特攻隊の苦悩を描いた名作:『永遠の0』/百田尚樹

4:巨大戦艦制作の舞台裏と沈没まで:『戦艦武蔵』/吉村昭

5:中学生兵士が体験した地獄の沖縄戦:『殉国』/吉村昭

6:原爆モノと言えばこれ:『黒い雨』/井伏鱒二

7:中国残留孤児:『大地の子1』/山崎豊子

8:シベリア抑留:『不毛地帯1』/山崎豊子

1:戦争中の哀しすぎる兄妹愛『アメリカひじき・火垂るの墓野坂昭如 

昭和20年9月21日、神戸・三宮駅構内で浮浪児の清太が死んだ。シラミだらけの腹巻きの中にあったドロップの缶。その缶を駅員が暗がりに投げると、栄養失調で死んだ4歳の妹、節子の白い骨がころげ、蛍があわただしく飛び交った……戦後どれだけの時間が過ぎようと、読む度に胸が締め付けられる永遠の名作『火垂るの墓』をはじめ全6編を収載。

 映画『火垂るの墓』の原作です。映画を見ていない人はそちらからどうぞ。あまりに有名な映画なのでストーリーの説明は省きます。

 この文章を書くにあたりググったところ、興味深い記事を見つけました。

 この原作の著者、野坂昭如さんは、この作品についてこう語っています。 

「実際の妹はまだ1歳4カ月、喋れなかった。 作中では4歳の妹が喋る。主人公の兄は、飢えた妹に最後まで優しい。ぼくはあんなにやさしくはなかった」

 そして、

「わずかな米をお粥にして妹にやる。スプーンでお粥をすくう時、どうしても角度が浅くなる。自分が食べる分は底からすくう。実のあるところを食べ、妹には重湯の部分を与える」

 この野坂さんの正直なコメントを見て感じるのは、野坂さんへの幻滅ではなく、戦争の底知れない悲惨さです。野坂さん、よくこういうこと言えますね。かっこいい。

2:飢えとの戦い 南方作戦『野火』/大岡昇平 

敗北が決定的となったフィリッピン戦線で結核に冒され、わずか数本の芋を渡されて本隊を追放された田村一等兵。野火の燃えひろがる原野を彷徨う田村は、極度の飢えに襲われ、自分の血を吸った蛭まで食べたあげく、友軍の屍体に目を向ける……。平凡な一人の中年男の異常な戦争体験をもとにして、彼がなぜ人肉嗜食に踏み切れなかったかをたどる戦争文学の代表的名作である。

 戦争といえば、敵と銃で撃ちあうことを想像する人も多いでしょう。でも、ほとんど敵と戦うことなく死んでいった人がたくさんいました。

 南方の島々に多くの日本兵が派遣されました。最初はそのあたりの島も重要な拠点でしたから。でも、すぐに戦況が変わりました。

 アメリカ軍はジャングルだらけの粗末な島に見向きもせず、サイパン硫黄島に向かいました。日本軍の主力は、当面の攻撃をしのぐのに手いっぱいで、はるか南の島にとり残された兵士の食料補給や引き上げなどに手がまわりません。残された彼らには「飢え」という恐ろしい敵が待っていました。

 ジャングルで食料を得るのは簡単ではありません。捕った食料を仲間にばれないようにこっそり秘密の場所に隠し、仲間が死ぬとその持ち物をあさり、一粒の米をめぐって殺し合う。気が狂ったり自殺をはかったりする兵士も出てきます。

 そんな状況をリアルに描いているのがこの作品です。映画にもなっています。最後には人間の肉を食べます。ショッキングです。

 フィリピンだけじゃない、ビルマからインドまでの地獄の行軍、インパール作戦も知っておきたい史実です。

3:特攻隊の苦悩を描いた名作『永遠の0』/百田尚樹 

「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、一つの謎が浮かんでくる-。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。

 V6の岡田くん主演で映画化されました。いろいろと物議を醸し出す百田さんですが、この映画は涙が止まりません。この作品が特攻隊のすべてというわけではないでしょう。しかし、特攻隊の一面を描いていることは確かであり、ここから戦争小説に入るのは決して間違いではありません。この本の中で唯一戦争を体験していない人が書いたものじゃないかな?

 おすすめのお気に入りのセリフです。

 どんなことがあっても宮部の機を守り抜く。敵の銃弾は一発もあてさせない。宮部に襲いかかる敵機はすべて撃ち墜とす。弾がなくなれば、体当たりしてでも墜とす。しかし、俺の機体は突然ものすごい振動と共に発動機から煙を噴き出した。

「このポンコツめ!気合いを見せろ!」

 俺は声の限り叫んだ。ただもう訳もわからず叫んでいた。日本など負けろ!帝国海軍は滅べ!軍隊など消えてなくなれ!そして軍人はすべて死ね!

4:巨大戦艦制作の舞台裏と沈没まで『戦艦武蔵』/吉村昭 

日本帝国海軍の夢と野望を賭けた不沈の戦艦「武蔵」-膨大な人命と物資をただ浪費するために、人間が狂気的なエネルギーを注いだ戦争の本質とは何か?非論理的愚行に邁進した人間の内部にひそむ奇怪さとはどういうものか?本書は戦争の神話的象徴である「武蔵」の極秘の建造から壮絶な終焉までを克明に綴り、壮大な劇の全貌を明らかにした記録文学の大作である。

 世界最大級の戦艦「武蔵」。双子艦で、もう一つはご存じ「大和」です。「大和」は聞いたことがあるでしょう。国家機密のプロジェクトで、両艦とも製造中は工場全体にすだれをかけ、誰にも見られないようにしました。デビューの日は、長崎市民に外出を一切禁止したといいます。湾近くの人家には警察官が1宅につき複数名出向き、住人に拳銃を向けて湾側を見させないようにしたとのことです。

 製造中の工員ですら自分の担当工事のことしか知らされていないため、目の前の配管がどこにつながっているかすらわかりません。著者の吉村さんも、資料集めにずいぶん苦労なさったといいます。

 大砲の射程距離は38キロ!大砲一発の重さが1トン!すごいと思いませんか?軽自動車くらいの弾が40キロ先まで飛んでいくんです。しかし、援護機がいない中、米軍機の執拗な魚雷攻撃により沈みました。本当に無念です。冥福を祈ります。

5:中学生兵士が体験した地獄の沖縄戦『殉国』/吉村昭 

 「郷土を渡すな。全員死ぬのだ」太平洋戦争末期、沖縄戦の直前、中学生にガリ版ずりの召集令状が出された。小柄な十四歳の真一はだぶだぶの軍服の袖口を折って、ズボンの裾にゲートルを巻き付け陸軍二等兵として絶望的な祖国の防衛戦に参加する。少年の体験を通して戦場の凄まじい実相を凝視した長編小説。 

 吉村さんの作品が続きます。一少年兵の始点から、沖縄戦をとらえた物語です。徹底した少年視点の描写によって、現実の沖縄戦を垣間見ることができます。沖縄を守るために命を懸けて敵を倒そうと意気込んでいた少年が、わずか二か月で一瞬の死をのぞむようになるんです。とにかく凄惨。腐敗、膿汁、蛆、蠅、虱、排泄物、汚物、飛び散る内臓、めくれる顔…。まだ14歳。子どもじゃないか。何ということだ。何ということだ!

 『戦艦武蔵』もそうですが、吉村作品には、心をうつ名ゼリフや教訓が書いてあるわけではありません。ただ、ひたすらに史実を追う執念深い書きぶりに注目です。慣れないと少しつらいかな。

6:原爆モノと言えばこれ『黒い雨』/井伏鱒二

一瞬の閃光に街は焼けくずれ、放射能の雨のなかを人々はさまよい歩く。原爆の広島-罪なき市民が負わねばならなかった未曽有の惨事を直視し、一被爆者と「黒い雨」にうたれただけで原爆病に蝕まれてゆく姪との忍苦と不安の日常を、無言のいたわりで包みながら、悲劇の実相人間性の問題として鮮やかに描く。被爆という世紀の体験を日常性の中に文学として定着させた記念碑的名作。 

 学校で原爆のことを勉強したでしょう。もう、わかった気になっていませんか?これ、読んでみてください。ああ、自分の理解は浅かった、と感じると思います。ずいぶん前の本ですが、みなさんが思うより難しくないですよ。案外すらすら頭に入ってくると思います。ただ、内容が無残で読み進めるのが辛いという声も聞きます。でも、読まないとね。日本は世界で唯一の被爆国ですから。

 原爆投下後の悲劇をリアルに描写しています。そうだ、広島には行ったことがありますか?わたしは、大人になってから行きました。10代の頃に行った方がいいです。なぜかはうまく言えません。しいていうなら、「広島に行ったことがある」と言えるようになれます。これって、大事なことだと思います。この本もそうです。「『黒い雨』を読んだことがある」と言えるのは、大事なことでして、それはこれを読まなくては言えないわけで…。

7:中国残留孤児『大地の子1』/山崎豊子

日本人残留孤児で、中国人の教師に養われて成長した青年のたどる苦難の旅路を、文化大革命下の中国を舞台に描く大河小説。
満州に開拓団としてやってきた松本家の幼い長男・良雄。だが敗戦直後に侵攻してきたソ連軍により祖父と母を殺され、妹とは生き別れになる。日本人としての記憶をなくし、放浪し、虐待をうけ、逃亡する少年を救ったのは教師・陸徳志だった。その養子となり陸一心と名乗る。

 全部で4巻セットですが、まず1巻だけ読むつもりで手に取ってください。1巻読むだけで、中国残留孤児のことが衝撃的に理解できます。山崎豊子さんは凄まじい。人間を書かせたら、この人を超える人ってそういないんじゃないでしょうか。

 中国東北部満州国という国があって、そこは日本の領土でした。不況の影響もあって、何万人という日本人が日本から移り住んでいました。

 戦争が終わり、満州国から日本に戻ることになるのですが、行く手を阻むのがソ連兵と中国。見つからないように集団で移動します。泣かれるとみんなが殺される!むずかる赤ちゃんや幼児はむりやり殺されることもあったらしいです。主人公「良雄」くんの集団は、逃げる際中にソ連兵に襲われ、彼と幼い妹以外は全滅します。生き残った二人は中国人に連れ去られます。良雄は妹のためにがんばろうと思うのですが、妹は別のところに売られて離れ離れになります。

 このあとの兄妹(特に妹!)のあまりにも悲しすぎる展開に、おそらく2巻を手にすることになります。 

8:シベリア抑留『不毛地帯1』/山崎豊子

大本営参謀・壱岐正は、終戦工作に赴いた満州ソ連兵に抑留される。極寒のシベリアで、想像を絶する飢餓と強制労働に11年にわたってたえ抜き、ついに昭和31年、帰還を果たした。その経歴に目を付けた近畿商事の社長大門の熱心な誘いに応え、第二の人生を商社マンとして歩むことを決意。地獄の抑留生活の傷も癒えぬまま、再び「商戦」という名の新たな戦いに身を投じる。

 「中国残留孤児」よりも認知度が低い「シベリア抑留」。しかし、知ってびっくりです。正直、ありえない話です。読めばわかる。本当にこんなことがあったのか、と、誰もが驚きます。わたしなら、耐えられない。この主人公「壱岐正」、すごい男です。わたしは、「つらくなったときに名前をよび自分を元気づけるリスト」という奇妙なものをもっているのですが、そのリストの中に「壱岐正」という名もあります。「イキタダシ、イキタダシ」とぶつぶつ言いながら今まで様々なことに耐えてきました。

 これも、先にあげた『大地の子』と同じ著者、山崎豊子さんの作品です。『大地の子』同様1巻だけ読めばOKです。とにかくとにかく地獄です。地獄度100%。

 

 ここには載せませんでしたが、城山三郎『落日燃ゆ』も読みたい一冊です。A級戦犯広田引毅について書かれた小説です。書きぶりは吉村昭さんによく似ています。A級戦犯について見方が変わる一冊です。

ブログ初心者の方のために 半年間、毎日1000文字以上書き続けて感じたこと

「読書生活 think it over を開設して半年が経ちました」 

というメールが、はてなブログ様から届きました。今日(8月11日)で、このブログ開設から半年になります。読者のみなさまのおかげです。ありがとうございました。

 ブログを始めたきっかけは、「コンビニでアフィリエイトの雑誌を立ち読みした」という不純なモノです。その雑誌には、ブログで成功するためには(お金を稼げるブログにするためには)、

・毎日書くこと

・1000文字以上書くこと

・3ヶ月書くこと

この3つが必要だとありました。そして、「これがどれだけ難しいか、やってみたらわかるだろうよ」という挑戦的な一文が添えられていました。「書くことは嫌いじゃない、やってやろうじゃないか」と、単純なわたしはこの一文にのせられたかたちでブログを始めました。

 3ヶ月たち、この3つはなんとか達成できました。そのときの感想をここに書きました。読んでくださってもかまいませんが、もちろんお読みにならなくてもOKです。

yama-mikasa.hatenablog.com

 この間に、アフィリエイトで稼ぐことの難しさ(とんでもない文才と労力、市場分析力などなど)や、アフィリエイトが万が一うまくいったとしても、会社にばれたら本業を失う可能性があることを知り、当初の「お金を稼ぐために」というブログの目的を急速に失いました。あれ~。

 ところが、ブログを書くのをやめませんでした。ブログを書くということが、もはや生活の一部になっていました。書いていると自分の生活にはりが出る、といいますか。

 そして、今日「読書生活 think it over を開設して半年が経ちました」というクラッカー付きのメールが送られてきました。てってれー!(効果音)。

 自分でいうのも何ですが、毎日1000文字以上(おそらく一記事平均2000字くらい)の文章を、だれが読んでくれているかわからないのに、半年間休みなく書き続けるなんて、なかなかの「いかれっぷり」ではないかと思います。家人に言わせると「正気の沙汰ではない」そうです。

 読者数も470人って、半年ではなかなかではないかと。えっへん!

 まだまだブロガーを自称するのはおこがましいですが、これからブログを始めようという人のために、この半年でわたしが感じたことをえらそうに書かせていただこうと思いますので、よかったら参考にしてください。先輩ブロガーのみなさん、「半年お疲れさん。今日一日くらい、ゆるしてやるか」というあたたかい目で見過ごしてやってください。

ブログを続けるためにやったこと

1 ブログの軸を決める

 生活の中で感じたことを書く、いわゆる雑記ブログで毎日書くのは至難の技です。書けたとしても、わたしのような一平民が書く雑感をだれが読んでくれるのか疑問です。有名人は、顔も見えるしどういう人かテレビを通して知っています。「あの知識人の考えを知りたい」とか「あの芸能人とつながっていたい」などと思ってフォロワーになるわけです。「人が先」で「記事はあと」です。

 しかし、わたしのような一平民(しかも匿名)の文章は基本的にだれも興味がなく、読まれないわけです。おそらく本名をさらしても同じです。「アクセス数など気にしない」というのであれば雑記ブログでもいいのですが、ネットで公開している以上、「アクセス数を気にしない」なんていう人、いるのかな?というのがわたしの率直な感想です。もちろん、なかには大人気の雑記ブログがあります。そういう人の文章は個性的でおもしろく、魅力的です。「文章が先」で、その文章で人を引きつける、あっぱれです。そんな筆力があればいいのですが、わたしには無理でした。

 そこで、わたしのような一平民の方は、「スポーツ」とか「カメラ」とか、何か自分のすきなものに軸をおいて書くことをおすすめします。書いている自分も楽しいですし、「そのことについてもっと勉強しよう」という気にもなります。書いているわたしには興味がなくても、「スポーツ」や「カメラ」をすきな人が自分のブログを読んでくれるでしょう。

 わたしは本がすきなので「読書」を軸にしました。わたしには興味がなくても(当たり前ですが)、「この本知ってる」という人が読んでくれるかもしれません。「本なら無限にあるし、題材には困らない」という考えもありました。それが大きな間違いだと、しばらくして気がつくことになりますが(涙)。

2 アンテナをびんびんにはる 題材はいつ降ってくるかわかりません 

 本の感想といっても、本を読むのには時間がかかります。読み終わっている本の感想など、すぐ底をつきます。本棚には本がたくさんあるのに、感想を書けるような本となるとなかなか難しくて、すぐ弾切れです。がーん。ちーん。

 そこで、生活の中から題材を考える必要が出てきました。それを本と結びつけるわけです。アンテナをはるとは、そうですね、魚を獲る網を背中につけてそれをピンとはりながら行動する、パタパタパタ‥。

 仕事終わりにその網を回収します。その網には「ブログの題材になりそうなもののかけら」がひっかかっているので、それをはずしながら「これ、何だっけ」と考えて書く、そんな感じです。

 ヒマなしになりました。でも、せっかちなわたしにはぴったりです。

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3 本屋に行く

 網にかかったその「ブログの題材になりそうなもののかけら」について調べるために、本屋に通いました。アマゾンも便利ですが、ブログなら断然本屋です。本屋に行くと、今売れている本がわかりますし、雑誌を開けば今話題の時事ネタや芸能ネタを仕入れることができます。

 また、雑誌に連載されているコラムは、字数制限がある中、その題材についてきっちり書かれていて勉強になります。『文春』や『新潮』はもちろん、『ナンバー』(スポーツ)や『オーシャンズ』(ファッション)『dancyu』(グルメ)などもおもしろいです。『an・an』や『女性自身』なんかもときどき読みます。『女性自身』を立ち読みしている男‥。ずいぶん怪しく見えたはずです。 

 この蛭子さんの記事は『女性自身』のコラムだったと思います。蛭子さん、おもしろいですね。 

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4 文章執筆法の本をたくさん読む 

 勉強と読書ブログの題材仕入れもかねて、文章の書き方本を何冊も読みました。これでも、この半年でずいぶん上手になったんです。一番参考になったのは、これです。 

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記事を書くときに気をつけていること

1 批判的な記事は書かない。なるべくポジティブな記事を書く

 人の悪口を書かないようにしています(中にはありますが‥)。読んでいてもあまりいい気がしないようで、そういう記事はあまり読まれていません。

2 感情を込めて書く

 書くことも好きですが、みなさんのブログを読むことも好きです。その中で、わたしが読み入ってしまうブログは、その書き手の個性が表れているものです。ネットのやりとりも、対面でのコミュニケーションと同じだな、と思いました。対話もそうですが、書き手の熱が伝わってくる文章はおもしろいです。「感情は伝わる」というのは本当ですね。テレビ番組の「アメトーク」がおもしろいのは、そのテーマに対してこだわりをもつ芸人さんが、熱く語るからだと思います。どこかで聞いたことのあるような、書き手の見えないのっぺりとした話はおもしろくありません。

 先に「攻撃的な記事は書かない」とあげました。熱く批判することも、「感情」ですからつい引き込まれます。しかし、顔が見えない匿名性を帯びたブログで書くのは違反かな、と思います。顔を出せばいいのか、本名をあかせばいいのか、といわれると困るのですが。本名をあかして文句ばっかり言ってる人も、やっぱり違うでしょう。

 「読書生活」という名前のブログですから、本を題材にした記事を書くことを心がけています。ただ、おもしろかったところを引用しておしまいにするよりも(これも、中にはありますが‥)、自分の感情を出した記事の方がいいのかな、と考えています。例えば、司馬さんの『竜馬がゆく』は当たり前ですが、北海道で買っても沖縄で買っても、話の内容は同じです。北海道の竜馬が明治維新を生き抜く、なんてことはないわけでして。本の記事を書くからには、そこにわたしなりの感情をこめたいと思っています。下手に理屈をこねくり回すより、そっちの方が書いていて楽しいからです。

3 かんたんな言葉で書く

 理屈をこねくり回さない、とか、漢字をなるべく使わない、とか、そういうことです。この半年で、「私」や「時」などの言葉を、それぞれ「わたし」「とき」とひらがなにするようにしました。ー。あとは、一文を短くする、とか、同じ文末を連続して使わない、とか、「思う」はなるべく別の言葉にする、とか、読みやすい文章を書くように心がけています。 

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ブログ状況報告  

 だいたい、1日200~300人くらいの人に見てもらっています。一番多い日は900人を少し越えてるかな、というところです。1ヶ月の最高も8000くらいで、10000を越えたことはありません。1日1000、1ヶ月10000はわたしにとって大きな壁であり、目標です。

 「読者数の割には少ないな」とお思いの方もいるでしょう。わたし、ほかの人のブログを見るのが好きでして、見たときにはスターをつけます。なので、その中の何人かの方がお返しに読者になってくださっているようです。わたしの記事がおもしろくて読者になっているというのではなく、あくまで「お返し」というかたちです。また、読者になってくれた方の何人かは、すでに「はてなブログ」の世界から卒業された方もいるのではないかと予想されます。

1 読まれている記事

 一番読まれている記事がこれです。 

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 わたしは青春小説が苦手です。なので、「わたしにも読めました」という気持ちで書きました。本当は歴史小説や重たい話が好きです。好きだからこそ、そういう特集を書くにはそれなりの時間が必要で、まだ書けていません。 

 二番はこれです。 

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 読書についてはいつも考えています。とても思い入れがある記事です。

 三番はこれ。 

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 わたしの黒歴史です。 

 

 ただ‥。最近、毎日更新することに少し違和感を感じてきました。「自分で書き始めたことなんだから勝手にしろ」とお思いでしょうが、いきなり更新しなくなったら「さぼったな」と思われそうなので、宣言してからにします。

 これからは更新を、週1~2くらいにして記事をもっと推敲します。あんがいまじめです。そのときそのときで自分の書ける一番のものを、なんていうと大げさですが、それくらいの気持ちで書いていました。しかし、パソコンに詳しくないし、ネットを介してのコミュニケーションに若干のおそれもあって(「炎上」とか聞くでしょう)、最初はおっかなびっくり書いていました。のちに、「炎上」とは有名にならないと起きないと知りました。 

 半年書き続けることで、まがいなりにも自分の文体のようなものができつつあるのを感じました。そして、その文体を通して今までの記事を見直してみると、目を覆いたくなる記事がいくつかありました。その記事も直したいのですが、直している時間がありません。

 毎日更新しようとすると、そんなに量が書けません。以前書いたことについて、あとあとふっと新しい視点や、具体例が思い浮かぶこともしばしばです。しかし、そういう記事もほとんど付け足せず、新しい記事に取り組まないといけません。自分で満足いく記事を書くなら、一つのことにもっと時間と手間と頭を使うことになり、そのためには週1~2くらいがちょうどいいのかなあと思いました。

 

 最後です。今まで書いた200記事の中で一番のお気に入りの記事です。やりたいことをやる、です。いい一日でした。今でもはっきり覚えています。 

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アドレナリンで泣ける動画

生きる力が出る動画 

 録画リストにある動画を整理しようと一つずつチェックして見ていたら、不覚にも涙した、という話です。

 番組は『2014FIFAワールドカップ総集編 We are one サッカーでひとつに』というNHKのものです。2014年7月14日放送とあります。

 その番組では、何人かの選手やチームにスポットをあてています。ここでわたしが紹介したいのは、ブラジル代表のジュリオセザールというサッカー選手です。動画をあげようと思ったらYouTubeにありません(涙)。なので、実況解説をします。

 ブラジル代表は、つねに世界一が求められているサッカー強豪国です。しかも今回はブラジル開催。負けるわけにはいきません。エースはあのネイマール。絶対勝つ!すべてをかけて勝つ!自らと国民のために!

 無敗で予選リーグを勝ち上がったブラジル。決勝トーナメント一回戦の相手は、強豪をやぶり勢いにのるチリ。この試合、ネイマールは徹底的にマークされます。

自分は多くの国民に喜びを与えるという責任がある

という重圧がネイマールにかかり、思うようなプレーができなくなっていました。精神的にも肉体的にも追い詰められるネイマール

 試合は延長戦に突入するも決着はつかず、PK戦にもつれこみます。追い詰められたブラジル。ネイマールからチームの命運を託された男がいました。ジュリオセザール。ブラジル代表のGKです。

 さあ、みなさん、ここからですよ。ここから彼の回想シーンに突入です。

ジュリオセザールって誰? 

 彼は4年前の屈辱を思い出していました。2010年南アフリカ大会準々決勝。ジュリオセザールがパンチングで防ごうと前に出ましたが、ボールに触れられず、そのままゴールに吸い込まれ…。GKの失敗は即失点につながります。ブラジルは0対1で敗北しました。試合終了直後、インタビューを受けた彼は、涙をこらえ気丈にこう答えます。

「責任は自分がとる。優勝すると信じていたので悲しい思いでいっぱいだ」

 帰国後、厳しい批判にさらされました。代表に呼ばれなくなり、所属クラブからも去ることになります。失意のどん底とはまさにこのことです。

 彼は、11歳の息子を相手に公園で練習します。NHKの番組にはこの映像もあるのです。みなさんにお見せできないのが本当に残念です。なぜない、YouTube(涙)。実況続けます。彼は、カナダなどのチームを点々としながらプレーを続けます。

 地道にやっている人を神様は見捨てません。その努力と経験が認められ、代表に復帰することになりました。やった、やったぞ!

 回想シーンおわり。先ほどのPK戦に戻ります。PK戦の前、彼の目には涙がありました。彼の脳裏には何が浮かんでいるのでしょう。 

 会場を埋め尽くすブラジル国民に両手をふり、自らの胸を何度もたたき鼓舞するジュリオセザール。

「止めたー!ジュリオセザール止めました!」

「止めたー!ジュリオセザールまた止めました!」

 狂喜する観客。爆発寸前です。しかし、ブラジルも2本止めらPK戦は5人目に突入します。ブラジルの5人目はもちろんネイマールネイマールは外さない。決めて、ジュリオと強く抱き合います。さあ、ジュリオ、次はお前の番だ!(って何様?)。

「5人対5人のPK戦。チリが次を外せば、ブラジルベスト8進出です」

「外れたー!ブラジル勝ちました。苦しい状況を乗り越えて、壮絶なプレッシャーをはねのけました!」

 チリの5人目のキッカーが蹴ったボールは、ポストに当たりはねかえります。チームメイトが歓喜の輪を作ります。その輪の中心にはもちろん彼の姿が。

 試合後、待っていたのは、4年前と同じインタビュアーでした。

PK戦の前から感情をあらわにしていましたが?」

 ジュリオは空を見上げ、

「チームもなく練習もできなかった。つらい時期を思い出し、感情を抑えることができなかった」

 しばし沈黙、そして…

「4年前、とても傷つき悲しかったときにインタビューを受けた。今あなたに再びインタビューされることになったが、今回は喜びでいっぱいだ」

 真っ赤な目から溢れる涙。

「しかし、まだブラジル代表の戦いは終わっていない。仲間が支えてくれたおかげで最高のプレーができる」

 最後に、

「優勝まであと3試合ある。また、あなたのインタビューを待っている」

 

 しかし、次の試合、相手選手の膝が腰を直撃し、ネイマールは腰椎骨折の重傷を負います。ネイマール不在のブラジルは準決勝ではドイツに7対1という歴史的敗退を喫しました。スポーツはリアルです。このまま、勝たせてくれたらジュリオの物語は完全なものとなるのですが。

 しかし、これこそ、欠けているからこそ完全なものなのかもしれません。

 ドイツ戦後のジュリオのインタビューはYouTubeにありました。

   

ドイツ戦後 ジュリオ・セザールのインタビュー

 彼の人柄がわかる動画がありました。おだやかな人ではありません。誠実で熱い人です。

ジュリオ・セザールVS大統領 

上司がやる3つのこと

 リーダー論をよく読みます。野村克也監督の本や、ドラッカーのマネジメント論なんかも。学生のときから読んでました。「出世してから読む本」を読んでいたわけです。それより先に「出世するために読む本」を読んでおくべきでした。せっかく蓄積した部下の心をつかむための知識が生かされず、部下のまま社会人生活も折り返しです。完全にやらかしました(涙)。その知識を腐らせる前にはき出そうというのが、今回の話です。

 「過去は美化される」とよく言います。自分が今までやってきた仕事を美化し、部下に語る上司、よくいます。まるで、自分がイチローや松井のような名選手だったといわんばかりに。あなた、三振ばっかりしていたじゃないか。

 べつに三振が悪いといってるわけじゃありません。みんなが名選手だったわけじゃない。打率一割台で終わる、悪夢のようなシーズンは誰にでもあります。その失敗や負けを笑い話や教訓として話せばいいのに、失敗をなかったことにして成功談ばかりする。みんな、あなたのその黒歴史を覚えているのに。 そういう「ええかっこしい」的な態度がいやなんですよね。失敗は糧になるのに。

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  「人のふり見て我がふり直せ」です。こう見えて、職場では中間管理職のわたしです。ほんの少しですが、部下のようなかわいい後輩がいます。その後輩と接するときには、わたしが培ってきたリーダー論を発揮しています。こんな感じです。

1 責任を取ること

2 部下に任せること

3 失敗を受け止めてアドバイスすること

1 責任を取ること 

 上司で一番重要なのは責任を取ることだと思っています。仕事はいつもうまくいくとは限りません。むしろ成果がなかなか出ず、苦しいことがほとんどです。部下が失敗やミスをした際に、上司は、自分の責任として対処する態度と能力が問われています。「オマエが責任を取れ」「どうしてくれるんだ」という態度は論外です。

 まあ、そんなこと言ったことありませんし、言うキャラでもないですし、言ったって逆ギレされそうですが。

2 部下に任せること

 部下を管理する気持ちを極力抑えます。日本では上司のことを「管理職」と呼びますが、そうですかね。上司は部下を管理する人ではありません。「部下を教育しなくていいのか」「部下のモチベーションをあげなくていいのか」と疑問をもつでしょうが、部下の立場に立てば理解できるはずです。

 そもそも大人は誰かに教育されるものではありませんし、モチベーションは上司があげるものでもありません。部下を前向きな気持ちにさせる。説教をすればするほど、モチベーションをさげるだけです。

 また「褒めて育てる」という考え方も疑問です。大した仕事もしていないのに「すごいね」「よくできました」と褒めないと、やる気を起こさない大人はどうかしています。なんでも褒める上司は無責任です。勘のいい部下にお世辞をいっても効果はないし、わからない部下を勘違いさせてしまう危険性もあります。

3 失敗を受け止めてアドバイスすること

 人間は好きな仕事ができなければ、せめて好きなように仕事を進めたいと思います。しかし、好きなようにさせると失敗も増えますが、上司の役割とは失敗をしっかりと受け止め、アドバイスすることです。

 部下が仕事を進める側からは「ああでもない、こうでもない」という職人気質の上司は、部下のやる気を削ぎます。その上、部下は「詳細な指示を受けてミスをすれば自分の責任になる」と緊張してしまう。「大丈夫。君に任せた以上、責任はわたしにある」あなたがこう口にしたら、部下はどれほどあなたを信用し、モチベーションをあげるでしょうか。たとえば失敗しても、時間をおき、「今度はこうすればいい」とアドバイスしてあげれば、実力をつけていくはずです。

 

 このブログ、職場のあの方たちが見たらなんて思うでしょう。笑わせるなと笑うでしょう。たぶん。

 わたしはみなさんのこと好きですよ。たくさんの愛をもっています。あなたたちのおかげで、わたし、毎日楽しいです。ありがとう。 

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「さびしさ」と「死」について  『定年後』楠木新

前のめりに生き、死ぬ

 日本人男性は世界一孤独なのだそうです。「仕事以外のサークルがあるか」という問いに「全くない」「ほとんどない」が16.7%と他国を大きく引き離し1位なのだとのこと。たしか2位は9%だったかな?(『定年後』楠木新さんより)。

 仕事一切関係なしのつながり‥。無理やり引っぱり出すなら、息子(中学)のバスケの応援の会と、学生時代の仲間。聞こえはいいですが(そうでもないか)、バスケの応援の会は、おそらく息子が引退したら自然解散するでしょうし、学生時代の仲間は数年に一度会う程度の仲です。

 だから、わたしも先にあげた「仕事以外のサークル」は、「ほとんどない」に入ります。わたしも孤独予備軍なのでしょう。

 定年後は長いぞ、一人で大丈夫か、とこの本はわたしに問いかけます。死ぬとき一人でいいのか、と。知ってます。定年後がすごく長いことは。信長の時代の倍だということも知ってます。以前、考えたからね。 

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 さびしいのはそりゃあいやです。ひとりでも平気だとは思わないし、ひとりで生きていく自信もありません。 

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 さっきの本では、その孤独を埋めるための方法をいろいろと教えてくれるわけですよ。「趣味を作れ」「勉強しろ」と。だけど、さびしさを埋めるために何かをする、という考えが、わたしには後ろ向きに見えて仕方がありません。そして、わたしはそういう考え方が嫌いです。定年後に備えて勉強するとか、サークルに入って活動するって、順番が逆だと思うんですよね。そんな気持ちで勉強して、そんな気持ちでサークルに入って、何が楽しいのかな?

 今を一生懸命生きる、今、全力で何かをする、そういう日々の積み重ねが結果的に定年後につながるものでしょう。人生って「出会い」だと思います。日々の生活の中で出会った人との間で何らかを生み出し、その人の心に「つめあと」を残す。すぐ忘れられるのはさびしいから。

 その結果、もし、老後一人になったとしても、一人で死ぬことになったとしても、わたしはそれを甘んじて受け入れます。