読書生活 

本もときどき読みます

再雇用のおじさん

 我が職場に、再雇用の67歳のおじさんがいる。おじいさんと言うと怒るから、おじさんである。ファッションにとても気を使っており、半沢直樹とイケオジを気取っているときの中井貴一(ミキプルーンの彼ではない)を足して2で割り、清潔感をまぶした感じに仕上がっている。果たしてこの説明で分かってもらえただろうか。

 旅と歴史と女性も好きで、話がよくあう。トーゴーターン(日露戦争で活躍した戦艦三笠の行った作戦)の三笠の動きについて聞かされたり、新潟のホウボウ(魚)の美味しさを聞かされたりする。一方的に。また、壇蜜の魅力について熱く語ったり、「来年は原田知世みたいな子が入って来ないかなあ」と、上野千鶴子が聞いたら卒倒するような独り言を言うことがある。  

 壇蜜と原田知世に共通点が見出せないので、女性ならなんでもよいのか、と思うかもしれないが、そうではない。彼が、去年この職場にきた新入社員(女性)のあまりの傍若無人ぶりに激怒し場を凍りつかせたことを、この職場の人間は全員覚えている。本人は忘れているかもしれないが。

 その彼が、この4月に職場に来た20代の新婚女性に夢中になっている。ふっくら顔で、壇蜜とも原田知世とも程遠いのだが、かわいくて仕方ないらしい。マスクをいつもしており、外すと頬が粉をふいているので、私から見ると粉吹き芋にしか見えないのだが、彼はとにかく夢中なのだ。

 彼女は驚くほど歴史を知らず、職場の大掃除の際に出てきた私の私物DVD「アウシュビッツ 死者たちの告白」を見て「アウシュビッツってなんですか?」と聞いてきた。ゾンダーコマンドに視点を当てたNHKスペシャル(詳しくはネットで調べてほしい)で、アウシュビッツを知らない方に分かりやすく説明できるものではない。「知らなくていいよ。いいんだよ」と言うと、彼は彼女を手招きし、すみっこのソファでアウシュビッツについて説明しだした。信じられない。去年のあの子が「アウシュビッツを知らない」なんて言ったら、「その年になるまで一体何を学んで来たんだ!」と怒髪天をつく勢いでブチギレたはずなのに。彼女に優しく説明を終えた彼は、おもむろにスマホを取り出し、画面を彼女に見せ始めた。あとで聞くと、ポットキャストの歴史コンテンツを紹介したらしい。その時紹介したのが、「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」https://coten.co.jp/services/cotenradio/とのこと。まあ、それなりにおもしろいが、彼女が聞くはずがない。

 彼の彼女への愛が日に日に増している。こっそり私に言うくらいならよいのだが、だんだんその思いが発言や行動に出ているので、他の女性職員が快く思わない。彼女にもあざとい一面があり、職場の「マックで何を頼むか」論争において、サムライマックやグラコロなど様々な品目が出る中、「三角チョコパイ」と言った彼女に対してお局たちが一瞬見せたひきつった表情を私は忘れない。三角チョコパイに代表されるそのあざとさが、ますます他の女性職員をイラつかせる。職場に不穏な空気が漂い、察した上司が右往左往している。ただ、彼がいないと仕事が回らないのも事実。金銭面で困って仕事をしているわけではないので、下手な指導で機嫌を損ね、やめられでもしたら困るのだ。

 彼が私に「年末年始におすすめの本はあるか。人間性を高めてくれるような、噛みごたえのある本がいい」と言うので、「弓と禅」「中島敦全集」の2冊をおすすめした。中島敦全集では、「弟子」と「李陵」「名人伝」を強くおすすめした。漢文崩しの文体で、噛みごたえは申し分ないのだが、読んでくれるだろうか。来年も愉快な我が職場である。